スピリチュアルカウンセラー講座 十回目 そして受け止められたい私

  • 2015.08.03 Monday
  • 00:36
JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

こんばんは、夏子です。

アメーバの方も更新したんだけど、

昨日はみちよさんのスピカン講座10回目、最終回でした。

打ち上げに使った店が「AJITO」ってところで、みちよさんが「アジトって。。www」ってツボってたんだけど、

真っ昼間なのにNIGHTな照明で割りと狭い個室で皆喋ってる事があっちの方向なんでまさにアジトwww. 
しかも組長付きww.

ま、そんなんで終わってしまいましたね。すごかったです、ほんと。
真面目な感想はアメーバに書いたのでお暇だったら読んでくだせぇ。

バイザウェイ、こっちのブログだとすごいホーム感でホッとしますw.

さて、

まぁそれでも最後の最後まで色々と向き合う事となり、私自身もぺろっとまた何かが出てきて結構いま崩壊中なんですけど、

最後のQAみたいなところでみちよさんに言われた言葉があります。

「勝負にまだ出ている。そして、受け止められたいんだよね」という言葉。

そうなんだよなー。。。と、昨日はそれでもケロッとしてたんだけど、

今日はそれがガーンと来て結構ブローが聴いてます。

そう、受け止められたい。そうなんだと思います。

相手が受け止めてくれるかくれないか。そこで私は自分の価値を図っている。

そして、「受け止められない」と絶対に言われないように完璧なまでに用意周到な準備をする。

でも、私の中の完璧は場合によってはやり過ぎだったり自信過剰だったり、劣等感があったり、と

色々と私の中で無理があるので、自分が思ったような結果になるとは限らない。

そうなるとまたズーーーーンと落ちるわけです。

「受け止められなかった」と。

だから毎回毎回どこか「勝負」になってしまって、

それが出来ても出来なくても私の命が奪われることなどない、結果としてだからって自分がどうなるわけでもないのに、

常に一騎打ちのような勝負に出てしまって、負けたらそれこそハラキリぐらいのなんかしらの必死感がある。

そして、私がつらつらと書きためたこのすぴおっさんブログそのものが、その願望の具現化でもあって、

他人に向けて書くというスタイルを持ちつつも、

私自身が何を考え、何を感じ、何に傷つき、何に救われているのか

を「自分で」受け止めたかった、そんなことなんだと思います。

ここで一生懸命自分を受け止める作業をしながらも、未だそこにはいや、自分は間違ってるんじゃないか、まだまだ価値が低いんじゃないか、みたいな自虐もある。

でも、

ここでこんなにあけっぴろげに書いちゃう自分も、そうは言っても抵抗したい自分も、

自分で受け止めてやる

事が必要なんだよね。

負けでもイイ、弱くてもイイ、ダメでもイイ、と散々自分に対して訴えかけているのね、自分に。
でも、まだ受け止めきれてない部分もあって、ちょっとお茶を濁すように逃げたりもして。


「結果」じゃない。全てはプロセスでしかない。そんなことは頭ではよくわかっていたつもりだったけど、

最後の最後にドーンと分かった。。そんな感じです。

そして今日二本立てできっつい映像を観ちゃったんですけど、

一つは録画してあった「おおかみこどもの雨と雪」で、私この話ほんっと苦手で。

それは、オオカミとの子どもを育ててるお母さんの花さんにものすごくシンクロしてしまうのね。

気を抜くとオオカミになっちゃう雨ちゃんと雪ちゃんを必死でばれないように育てる花さん。

なんかその姿がもう見てらんない。フィクションなんだけど何て大変な事を一人で、たった一人でこの人はやってるんだろうって思って。

もちろん私の子育ては夫やその他の人から色んなサポートがあって花さんの経験とはまるで違うんだけど、

なんかその「全部一人でやらなきゃ」っていうところと彼女の責任感にグーッときてしまう。

それから今日のフジテレビのザ・ノンフィクションでやってた「あゆの子育て」って番組も見て、

生まれつき肩、腕、手、脚に障がいがあるあゆさんが命をかけてお子さんを産んで、でも自分ではおむつを替えることすら出来ないのでヘルパーさんなどに頼って、また旦那さんも働きながら必死で子育てをしてるんだけど、

それでも乳幼児を母子だけでは育てられないと判断されて児相に預けるかどうか、みたいな判断を迫られて、

結果としてはネットでSOSを発信してまた子育ても請け負ってくれるヘルパーさんや、そしてその後24時間体制の保育園にもいれて親子バラバラになることは防げるのだけれども、

なんだろう、その子育ての大変さというよりもこのあゆさんが障がいがありながらも働いて、恋をして結婚して子育てして、「健常者と変わりない人生をやるんだ!」というその意気込みというか、これまた

「全部自分でやる」というところがぐわーっときて。そして自分自身のことに対しては何でもかんでも自力で頑張って来られたけど子育てってところを前にして「何も出来ない自分が悔しい」って泣いてる姿をみてうぅぅ。。ってなって。

もちろん花さんもあゆさんもハンディがある。頼れない理由も頼りたくない理由もある。世の中そんなに甘くないし、何でも自分でやらなきゃと思える強さも生きるためのパワーとして必要だ。

でもなんてのかな、結果としてあゆさんなんかはちゃんと周りにSOSを出してサポートを得たんだけど、

でも常にその「頑張んなきゃ、頑張らなきゃダメだ。」と気が休まるところがない、というか「よく頑張ってるね」という他人からの言葉でさえ、「ありがとうございます、でもそうしないとダメですからね」と突っぱねるじゃないけど、自分のなかの強さと負けん気と責任感で自分の頑張りを自分で認めてやらない、受け止めない、というようなその雰囲気が自分と被るんだと思います。

自分の人生とシチュエーションは重ならないので同一視してはいけないと思うんだけど、なんかそんな心の奥底の自己否定とか責任感だとかそんなものに勝手に自分を重ねてしまってよくわかんないけどわーわー泣きながら見ました。

そんなこんなで周りに当たり散らしながらも責任感と負けてたまるかという劣等感を糧に今まで私は私なりに頑張って生きてきた事を、

私は自分でもっと自分を受け止めてやらないとならない。

そして、受け止めてくれている人たちの言葉をちゃんと自分への言葉として受け取らなければならない。

やや原点回帰みたいになってしまったけど、

巡り巡って結局はそういうこと。

とことん自分に優しくすること、愛すること。

それだけなのだ、ということが改めて身にしみた講座でした。

最後の最後に一人むせび泣くという結果になりましたが、それでいいんだと思います。。

色んな事があったなぁ、と思い出しながら、今から寝酒飲んで寝ます。

ではまた、

アデュー

夏子









 

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