女であることの怒り2。

  • 2017.09.26 Tuesday
  • 00:00

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

仕事から帰ってきたわ、夏子です。

 

1人で盛り上がってますけれども、セルフィッシュに続けるわ!ビバ吐き出し!

 

そんなわけで1人煮えたぎる世の男女のRoleとResponsibilityなどなどに1人憤慨している訳なんですけれども、

 

だから私は女性議員のスキャンダルなどに対して批判的な一方ものすごいシンパシーも感じるのだと思う。

 

小池女史や蓮舫女史の男の戦場で口角を下げて戦う女性たちは、多分普通にケーキでも食べながら話したらいろいろと話しを聞いてくれるいい人なんだろうと思う。何より賢い。きっと相談したらいろいろ教えてくれると思う。

 

でもあの立ち振舞を見て、なぜ男と同一化しちゃうんだろうなー、もっと違うアプローチあるんじゃねーの?と高みの見物で爪楊枝くわえながらやじることをやっても、私はその現場にはおらず、なんとなくいいお母さん風情で生きていることも自分に対しても妙な罪悪感というか、言うだけいって言動伴わなくてサーセン、みたいな気持ちもある。

 

批判する一方で、現状においては彼女たちはああいう風に立ち振る舞わないと到底やっていけないと感じているからこそなのだろうと思う。

 

豊田議員がハゲーを罵倒しながらも、髪の毛をコテで巻き、パステルスーツで武装しながらも押さえ込むことのできない怒りがアイブロウに出る辺りについても、

 

上西議員が炎上を狙いながらも一歩も引かず、立候補はもうしないけれどもタレントはしますしおまけに結婚もしますし、昔はフカキョンって呼ばれてましたーって言っちゃうのも、

 

根本的には私の持ってる怒りと似ていると感じる。いや、もしかしたら全く違うのかもしれないけれども私というフィルターを通じて見るとそう感じてしまい、だからこそ彼女らの言動がムカつくと同時に、シンパシーを感じ、あんまり見たくない、とも思う。いろいろあってそうなっちまったのだと思う。

 

女性芸人のブスネタも苦手である。半裸でバンジーとかそういうのもそれをすることがかっこいいとは思えない。

 

でもそれが本当に彼女達の至極の喜びであったり、

社会に対するアンチテーゼとして自覚してあえてやってるのならば良いと思うけれども、

 

そうじゃないなら個人的には笑えない。それは男性ブサイクネタについても同じことで、それが「おいしい」とは私は思わない。

 

でもそこで沸き起こる「笑い」が何らかのヒーリングにはなってるのだろうとは想う。

 

そもそも男と女は違うものであり、お互いを押さえつけあっている「いい男・女の条件」が幻想であることに気づけていければ、

 

すごく成熟した社会になるのだろうけれども、そんなことを提唱しつつ私自身がガッツリ「世間」なことも否めないのが苦しい。

 

 

そもそも女性性なんて育み育てるものでもなくて、女なら皆全員持っているものなのだけれども、

 

あたかもそれが「足りてない」と欠乏を煽り、ものを買わせ、エステやジムに促す世の中、それも全部恐れのエネルギーで決して女性を応援しているものでもないと思う。

 

全体のトーンとして男性優位で男性都合で動いているのは確かだと思う。As of 今に関してはね。

 

だから変えていかないとならないんだけど、

 

じゃぁ女性もスーツ来て短髪にして、24時間ユンケル飲んで、ヤニネギコーヒー臭を漂わせて戦えば良いのか?とか、

 

極端なフェミニズムに傾倒しておっぱい出して道を練り歩くことが啓蒙なのか?と聞かれればそれも違うと思う。むしろそれは女性性の否定でもあると思う。

 

更には女らしい格好なんかしないでノーメークで全然良いじゃん、と開き直るのも違うのかも。それはむしろ自分の女としての可愛らしさを社会からの抑圧のために放棄してるとも思う。もったいない。可愛いんだったら可愛いでいいじゃんとも思う。

 

王さんのお話の中で、

 

結婚したいと思うならばすればいいし、しないで1人で生きていくことを選択するのならそれもいい。子供を持たない選択もあるし、どれも自分の納得行くことであればそれで良いのだけれども、

 

それが今の社会では受け入れない人が多い。受け入れてくれる人もいるけれども、そうじゃない人もたくさんいる。

 

となると勇気を持つしかない。その自分の尊厳のある自分の意志に忠実に生きて、強く生きていくことを見せていく。

 

そして同じ意志を持つ仲間を持つ。そういうことをやっていかないとまたこのパターンは次世代へと継ぎ足しのうなぎのタレのように薄まっては行くものの、Geneとして繋がって続いていく。

 

ちなみに私は社会の一般常識の方を疑わずに「やらないと負け」の意識で全部やったけれども、世の中的なスタンダードを抑え込んだところで常に向き合う課題は同じで、特に成長もしていない。もちろん経験という体を使った体験をしたお陰で、仕事も結婚も子育ても身をもって知った知識はあり、それは周りの人からいただいたギフトだと思う。

 

私が男という生き物全てに抱えている恨みつらみを一斉に当て付けられているのは目下夫と息子だと思う。

 

外で私もしれっといい人風情で頑張っていても、煮詰まった感情の当てつけとして、「なんでお前ら(男)はそうなんだ?」みたいな怒りをいちいち全部彼等に向けていると痛感する。いい迷惑だと思う。ほんとそれは謝る。

 

夫で発散出来ないものは、息子に流れる。夫がやってくれそうもないと勝手に私が仮定し納得し三行半を付けたものを息子がやってくれるように仕向けているような気がする。ってか明らかに仕向けている。

 

でも多分この私のやってるこの当て付け二段階活用は多くの母親がやっていると思う。

 

だから多くの男性は母親に対して、そしてイコール女性に対して、

 

慈しむ気持ちと母性への甘えと、そして自分を思い通りに動かそうとしている念に触れて女性を尊敬しつつも侮蔑し、愛して欲しいけれども嫌っているという図があるんじゃないかと思う。

 

頼られる男を演じて最初は頼られることが嬉しくても、

 

後になってなんでもかんでもあなたがやればいいじゃん、となり、はてはその行動に感謝もされなくなったり、

 

もしくはあなたが居ないと何も出来ない、あなたは私から離れていくのならが死んでやるみたいな暗示的な脅迫を受けたら逃げたくもなるだろうと思う。

 

男も嫁や彼女に対して女性に対する恨みを同じように当て付けてもいて、それを受け取った嫁や彼女がそれを自分の子供や周りに流し、ループとなり遺伝的に子世代につながれ、っていうのを延々やってるんじゃないかと思う。

 

なので男女共に後ろにあるのはいろいろな感情的な悲しみであるのだけれども、そんなもの普段仕事で忙しかったら掘り返して見ようとも思わない。

 

そうなると今度は条件付けが始まる。条件でこの人は良か悪かを判断材料として使ってジャッジし、見込みがあるかないかで自分が納得出来るかどうかを測ろうとする。

 

上野千鶴子の著書の中で、「男と女は、金と顔の交換である」と言う一文があるのだけれども、まさにそうだと思う。

 

男の力量は金で測り、

女の力量は顔で測る。

 

金持ちか可愛いかという判断基準を突きつけて、そうではないと自分が想う相手に対し羞恥心を感じさせ、男として失格か女として失格かをぶつけ合いながらお互い自己否定に陥る。

 

金が稼げないなら男失格だという刷り込みがあり、

可愛くないなら女失格だという刷り込みがある。

 

結婚相談所で30歳以上の女性をバンバン切り落としていく男に対して、

女はその年収と実家住まいが何言ってのこのクズ!となり、

 

年収1000万以上じゃないとちょっと。。という女性に対して、

いい年こいて市場価値を知れよと男が罵る。

 

どっちもどっちなのよね。自分で考える自分の価値というコンセプトが完全に欠落している。相手のクオリティで自分のクオリティを確認しようとしている。

むしろ結婚したい、という純粋な欲望というよりは、

好条件の異性に選んでもらえるかどうかが指針になってるのであって、相手のことなどまぁよっぽどのキティじゃない限り良いか、ぐらいのものなのかもしれない。

 

最初はそれで良いんだと思うけれども、絶対それで済まなくなってくる。それは結婚生活やった人には痛いほどわかることだと思う。

 

いずれにしてもその条件での罵り合いは、

 

お互いものすごいブローが効く。互いに条件で自分を守り、痛いところに触れさせないようとしているからこそその決定的なやじ合戦は「フンだ!」といくら振り払ったところで心にズドンと一発ロケットランチャー打ち込まれたような痛みになる。

 

結局のところ男も女もおんなじなのかもしれない。

 

でも昔は父親というものの権力がえらい強くて、

 

ご飯が美味しく無かったらちゃぶ台ひっくり返すようなことをしても許されたし、

 

今もシニア男性が「女なんてものはさぁ」と自分の武勇伝として女性蔑視を朗々と語り出したり、国会で女性議員にやじを飛ばすようなことに対してデリカシーもリテラシーもかけているということが気づかない人たちもまだ存在する。

 

それも彼等にとっては「あたり前」のことであって、疑問じゃなく、むしろ公明正大と正義というか真理を言ってるのだから俺に皆同調するだろうというアホ全開の狼藉なのだけれども、このあたりのおっさんはもう死んでも頭良くならないのでほっとくしかない。

 

同じく女性についてもそうだと思う。女の幸せは金のある男と一緒に居て、多少殴られてもいい家の奥さんで子供生んで孫の世話をヒーヒー言いながらやることなのよーと思うことが常識であるシニア女性に何をいってももうどうしようもない。

 

だからこそ、自分の親が未だにその常識の中で生きていて、何を言っても理解してくれないのだったらここで理解を得ようと自分を不幸せで可哀想な状態にいて見せつけることで反抗を続けていたって時間の無駄でしかないということなんだと思う。

 

その気持は痛いほどわかる。でも自分は変わらずにして相手だけ変えようと私も何年もやってきたけれども、変わらないものは変わらない。変わる変わらないは本人の問題でしかないのだけれども、あえて操作をしたいのであれば自分で自分が思う真実を突き詰めて幸せなエネルギーを振りまいて彼等にとっては常識ハズレの「実例」でも見せてやらない限り理解しようもない。

 

まず自分が自分で幸せになることを目指す、というのはそういうことで、

 

その自分の反抗心から「本当はこうであるはず!」と頭の中だけで構築した説がほんとに自分を幸せにするかどうかについてもやってみないとわからない。案外自分でこうあるべきと心底思った!心の声!と感じたこともエゴの産物で思った通りの結論にはいた穴いかもしれない、

 

でもそこではじめて、

 

なるほど親の言ってたことも一理あるんだなってのがはじめて理解出来きて自分の怒りにも気づけるのであって、いずれにせよ自分から行動で発動しない限りなんもわからないし、変わらない。

 

そんなんで社会全体がジェンダー問題も含め、そして究極は「個」の在り方について今全体的にシフトしているのかもしれないわね。

 

また長くなったわ。これらは自分的考察でしかないけれども、引き寄せって言うのもなんかわかってきたわ。

 

夜にでも続けるわ。

 

 

アデュー(久しぶり)

 

夏子

 

 

 

女であることの怒り。

  • 2017.09.25 Monday
  • 23:14

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

こんばんは、夏子です。

 

娘が発熱して学校を休み、激しく昼寝ライフを送ってアイドリングしていたのですが、友達のふみきゃがシェアしてくれた方のブログを読みふけっておりました。

 

王 由衣さんという方なんだけど、スクールをやってらっしゃる。私はフラワーレメディとか外国のヒーリング事情に詳しくなく、正直どのようなことをされているのかわかってないのだけれども、彼女のブログの中に無料視聴できる女性性に関する音声ファイルがあって、

 

一時間ぐらいのものなんだけれども聞いてみると良いと思うわ。

 

昨今悶々としていた何かしらの思いがあったのだけれどもどうも言語化できず、また感情のところでも歯がゆいようなムカつくような泣けるような変な感じでいったいなんだろうなと思ってたんだけれども、

 

なんとなく風穴を開けていただいた気がするわ。

 

詳しい内容は聞いてみていただけると良いと思うけれども、すごく腑に落ちたのは、

 

私の中に女であることの怒りがたくさんあるってことなのだと思う。

 

どっから話をしたら良いのかわからないのだけれども、

 

今世で私は日本人女性として生まれたことに意味があるのはわかるけれども、とりあえず私という魂が一番楽ちんにフリーに生きるためには「日本人」「女性」と言う枠組みは正直あんまりナチュラルではないと常日頃思ってはいました。なんつか向いてない。

 

このブログタイトルの「すぴおっさん」しかり。これは自虐な要素もあるけれども、でもずっと私の中でなんで日本人でしかも女で生まれて来ちゃったんだろう?ってのはあるのね。

 

母親や父親から刷り込まれた「常識」という枠組みに疑問がそもそもあったのはあるし、それは多くの人が感じるものでもあるけれども、

 

私はでも「いい年なんだから結婚しなさい」とか「女の子に教育はいらない、とにかく尽くせる人になれ」などというコンセプトを彼等から刷り込まれた記憶はなく、むしろそのあたりは何も触れられなく生きてきたような気はする、けれども、

 

いろいろと影響は大きかったのだろうなと思う。

 

それよりかは多分世の中の男性優位な世界に対して、

 

世の中=男性社会が望むような女になれないことへの自己卑下と、

 

なんでお前らみたいなくだらない生き物に合わせてこっちが羽を収めてないとだめなんだ、みたいな反発でしょうか。そういうのが大きいと思う。

 

ほんとどっから手を付けて行ったらよくわからないわ。シリーズにしようかしら。

 

男性優位で封建主義な社会。それは明らかに今のジャパンでもそうだと思うのね。かなり変わってきたと思うし、若い人はもしかしたらそういうコンセプトを持ってないから感じることもないのかもしれない。「ある」と認識しているからこそ意識的にそばにおいていると言うことはある。

 

でも私は「ある」と思うし、実際経験してきた。何が発端なのかは親なのか社会なのかわからないけれども、

 

男性優位の世界に対して非常に怒っていると同時に、男性優位の世界で「キラキラ」を表現して女性性もお金も両取りの私、みたいなものへの強烈な拒否反応がある。

 

キラキラと華奢で可愛く男性の受けが良い女性に対して「け」と思う気持ち。これは私は私の羨望で嫉妬であり、そうなれない自分へのダメ出しから来る怒りなのだと認識していたけれども、

 

確かにそうなのだと思う。羨ましい。でもなんで、羨ましいと思わないとならないのか?が解せない。

 

自分が楽しくなるためのキラキラ。それも確かにある。自分の素材を120%謳歌して女性の魅力的なパーツを輝かしく見せて、

 

受け入れることと軸を持つことで言いなりになるのではなく芯を持った女として生きる。すごく良いよね。

 

でも、

 

それもそもそも男性を喜ばして自分が褒められ、「女」として認定されることが目的であって、

自分のため、だけれども、人から羨ましがられ男から褒めそやされるキラキラ=人から受け入れられる為、であって、

 

キラキラと女性性開花が例え男に向けた媚ではない!と言われても今度は女同士のマウンティングで使われているような気がしてならない。「私はもう下々の女じゃなくて一抜けましたら」的な。

 

「全ての女性に勇気を与えたい。女性性を取り戻させたい」的なメッセージのヒーリングや自己啓発がたくさんあるけれども、なんか解せないってかほんとにそんなこと思ってんの?と感じてしまうことが多々ある。余計なお世話というか。お前の自己満じゃね?という私のヤサグレムードが出てきて止まなかった。

 

うまく言えないけれども、

 

そんなことを感じてしまうことを含めて、もはやキラキラを言ってる時点で目線が男を対象としたものであり、女性の媚びであり、女同士へのマウンティングであり、やっぱりなんだかんだ言ってキラキラしてないと女性としてやってけない、女であることを認めさせてからでないと男社会の土俵に立てない、みたいな潜在意識があるんじゃないかと私は思う。

 

そうでないと、

 

結婚もしてない、子供も産んでない、彼氏もいないあなたがこんなに頑張って何かをやろうとしてるなんて、

 

あなた無理してない?もっと自分を可愛がらないと。あなたほんとに幸せ?とか無駄なことやんや言われるじゃない。

 

日本人の女として、民族的な刷り込みが多分に私にもある。王さんが言ってるように、それが潜在意識の中の刷り込みになってしまっていたらそれは「常識」としてみなされ、その常識を信じて止まない人にとってはそれは当たり前のことであり、それができない人は可哀想なダメ人間とみなされる。

 

でも本当にその「常識」は正しいのか?ということに疑問を持った瞬間、よくよく考えたら全部幻想で、どれを取ってもお前の知った事か、なんだけれども、

 

そこで自分の内面を振り返らない人、常識のままに従って生きることにコミットしてしまっているひと、親の世代のようにもうNEWコンセプトなど怖くて受け入れられない人にとっては疑問などないから気付きもしないし、意識もしない。

 

気付きもなく意識もしない人たちの言葉はナイフのようにそれに疑問を持っている人、様々な理由があって常識とされていることを自分の意志でやらなかった人、できなかった人をブスブス刺しまくる。でも気づいていない人たちは傷つけているつもりなど毛頭なく、むしろちゃんと人として育たなかったんだねーというような哀れみと、どうしてこんな娘に育てちゃったんだろうと勝手に自虐したりとしたい本題テンダネスなわけです。

 

そんなことがね?いっぱいあると思うのよ。

 

女の子は優しくて可愛くて美人でエロくて華奢で。。というステレオタイプなものに近づきたくても近づけない自分、相容れない自分に対して私はずっと女として劣等だと思っていたし、実際社会はそのように私を扱う。おかしいものをおかしいと言ったらでしゃばりと言われ、笑顔で返さなければ可愛くない女だと言われ、男よりも力が強ければこえーと言われる。

 

だからこそじゃぁそっちの方面じゃない方で。。例えばおもしろさとか知性とか個性とかそういうので売れば良いんじゃないか?と空回りを繰り返してほとんどの若い時期を過ごしたけれども、それよりもやはり社会は特に「癒やし」と言う側面で女の容姿や無力さ、都合の良さを好む。

 

頑張ってる女の人はすごいと思うけれども、家で肉じゃが作ってちょっとエロい子いたらサイコーダヨネーみたいな。

 

じゃぁどこ行けば良いのさ?となるわな。じゃぁ昼は淑女で夜は女豹を目指してみれば良いのかしら?と思っても到底私みたいな人間にはそれは叶わず、

 

ずーっと女性であることのイラつき、むかつき、悲しみみたいなものを背負ってる気がするわ。今もそう。

 

だから私は世の男を攻撃する。

 

口ばっかりで行動を伴わない男を叱咤し、

体力のない男を激怒し、

マザコン男に死ねと思うし、

頭の悪い男は消滅しろと思う。

 

男なんか大っ嫌いである。正直。

 

でも、その男に女として認められたいと思っている自分はもっと嫌いである。

 

相当病んでいるのだと思う。そのあたりでね。

 

性的なことにおいても、アダルト系の男のエゴに憤慨しながらも、ああいう風に振る舞わないとダメなのかな、と思う。

 

しかし例えば性犯罪で女性をさらって自分の性奴隷にしようとしてうまく行かなくて殺した、みたいな事件を見ると、

 

女の体もココロもロクに知らないで女をイカせられるほどの腕前と精力なんかお前にあるわけないのがなぜわからんのかクソが。と思う。

 

お前のエゴの固まりを突っ込まれたり抜かれたりしたぐらいで奴隷になるほどお前に心酔出来るほどの魅力がある男だと勘違いしてるんだったら、全身全霊を捧げて言ってやる、言っとくけどあなたの行為全て、下の下ですから!と。気持ちいいじゃなくて心底気持ち悪いんだよ、と。

 

後述するけれども、そんな男も私と同じような怒りを女に持っているのはわかる。昔は無かったかもしれないけれども、今はあると思う。

 

自分の最近の老いに対する怒り、パートナーとの関係性、世の中の動き、全てに対して今「女性性」と言うものが絡んでいて、

 

すっごい苛ついていたのよ。

 

でも、その根っこが何であるか?みたいなものを王さんのお話からちょっと分かった気がするわ。

 

長くなるから気が向いたらまた続けるわ。。

 

 

夏子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

有り余る。そして魂の声。

  • 2017.09.23 Saturday
  • 00:47

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

こんばんは、夏子です。

 

よくわかりませんが、ゲスの極み乙女。を最近よく聞いています。

 

こないだアウトデラックスにもでていましたね、川谷さん。

 

やっちまったことはゲスかったですけど、でもやっぱりこの人すごいインスピレーションの人なんだなって思うわー。

 

ロマンスがありあまる、

おとなじゃないからさ、

私以外私じゃないの

両成敗でいいじゃない

 

と、ご自身も言ってましたけれども、多分ちょっと先取りしちゃうんでしょうね、歌にしたことが後になって現実化するって言っておられました。

 

でもすごい才能ですよ。すげーカッコいいゲス極。川谷絵音、やっぱりこれからもミュージック発信していってほしいです。

 

昨今も浮気騒動などでワーワー言われてますけれども、

 

正直なんでそんなに大騒ぎするのかよくわからないわ。本人の問題と家庭の問題じゃん?あれって。

 

芸能人でCMやってるのに、とか議員で浮気した他の議員を責めてたくせに、とかいう仕事絡みのペナルティが本人に来ちゃうのはしょうがないけれども、

 

だからなんだって言うかさ。みんな自分を投影しすぎ。それらを責めるあなたのPure Loveはほんとに純粋なんでしょうか。

 

戒律で縛ったり自分が聖人君子でいることで「絶対逃げるなよ」ってやってるだけの人もいるんじゃないでしょうか。

 

わからんですけれども。それよか人のラインとか写真とかどうやったか知らんけど抜き出して晒す方がよっぽどゲスいですよ。

 

最近はなんだかちょっとまとまらない自分がいて、日々いろいろと考えちゃってるんですが、

 

魂の声ってどうやって聞くんだろう。とかね。魂の声ってなんだ?それが聞こえるとどうやらパチコーンと現実化が進んで引き寄せまくるらしいじゃん?などと急き立てられるような思い。

 

思考の声は良くわかるわ。理屈っぽい。何かをするのに組み立ててリスクヘッジして考えた結果。これはまぁエゴの声とも言われるけれども、現実社会を生きる上では結構必要なそれよ。

 

魂の声ってなんだろう?と思ってふと考えてみたんだけれども、

 

今息子が公文に通ってるんだけれどももうめんどくさがって嫌がって大変なのね。でも確実に算数の知識は上昇していて、今彼が学校の勉強で困っていないのはこのおかげだと思ってるの。

 

でも毎回毎回行こうとする度にブチブチブチブチうるさいのね。ふてくされまくって。連れていくのも一苦労なのよ。

 

で、あたしここで魂の声って何かしら?って思って。胸に手を当てて聞いてみたのよ。そしたらMy Heartが

 

「もういろいろめんどくせ」

 

って言ってね。息子はやめたいの一心よ。

 

あ、もう私もやめさせたいのね、とか思って。まぁ行ってくれればそれに越したことないけれども、毎回毎回この問答を繰り返し、ふてくされて怒る息子見ながらケンカするのって無益じゃね?とか思ってるのね。と。

 

でもそこでスカーンと思考がくるのよ。エゴちゃんの声ね。

 

皆塾やらなんやら始めているわ、この子が計算早くなったのも公文のおかげじゃない、このままちょっと自分の学年よりも先を行っていれば後から楽よ、始めたものをすぐにやめさせるのなんてやめグセが付くわ!とかいろいろと。

 

で、そん時って胸の奥がざわざわするのね。恐怖に近いわね。「やらなきゃならないことをやらせないと後で困ったことになるんじゃなかろうか」みたいな。

 

魂の声に従うって言うのはつまりあっさりここで公文をやめさせるということなんだけれども(ワタシ的にね)、そういうハートの声を掴み取って行けばいいのかしら、とふと思って。

 

それから今週日曜日にある予定があって、まぁまぁ行きたくないのよ。でも義理立てで行かないとならない、ってかそこまでいやじゃないんだけれども、今後のことを考えるとまぁ頑張ってみようかな、みたいなそれなんだけれども、

 

またここで胸に手を当ててMy Heartにたずねてみたら、

 

「もういろいろめんどくせぇ」

 

って言ってて。

 

じゃぁ行かないで良いみたいね。後は行けません!と言わなくても行かなくても良い用事とかが入るんじゃないかしら。よく考えたら昔から本当に無理だ!と思ったことは行かないことにしたら延期になったり中止になったりしてたな、とかも思う。

 

息子がモンハンのフィギュアが好きで、亜種だか希少種だかなんだかのフィギュアを探していて、中野のブロードウェイまで言ってヲタグッズの中を探しまくってたんだけれども見つからず、

 

ネットで見てもプレミアついてて1万円とかなっててそこまでして買わんがな!みたいになって諦めさせていたんだけれども、

 

ふとヤフオクで400円ぐらいでぽこっとそれがアップされたのよ。オークションに。で即買いしてすぐ届いてね?

 

そしたら息子が、

 

「ほんとだぁ。ママ、本当に本当に欲しいものは絶対に手に入るんだね」って言ってて。そうだねーと私も思ったわ。

 

もちろん息子的に「見つかったら買ってもらえる」という前提があったからってのもあると思う、見つかってもお金がないからどうせ買ってもらえないと思っていたらその通りの結果になるのかもしれないけれども、

 

おもちゃ買ってもらったら嬉しいな!っていう単純さって言うのかしら。ほんとモノの引き寄せなんかはそれで出来るんだろうと思ったわ。

 

ちょっと話がポンポン飛ぶけれどもね?

 

なんか今あたしやりたいことが有り余るわ。

 

英語の学校ももう一回行きたいわ。ってか昔何年か通ってたのに途中でめんどくさくなってやめてるんだけれども、

 

通学していた時は何十万もかけて時間もあって、勉強もやり放題なくらい鬼暇でもあったのに、なんであの時あんなにやさぐれてガンバれなかったのかな、頑張ることがなんであんなに苦しかったのかなって思うのよ。

 

今考えたら、もっと楽しくやれたはず!もっと通訳になるために頑張るぞ!ってなんでウキウキしないんだろうって当時の自分に対して思う。

 

私は今お金も時間もないけれども、ほんとに座学で通ってみたいと思い始めているわ。だったら行ってみそ!って感じなんだけれども、多分行くかもしれないわ。

 

でも通ってた時は苦しくて勉強できなかったのよね。他に考えることが多すぎて。男探しとか、皮膚の調子とか、会社の人間関係とかこの先の不安とかもうすぐ30歳とかいろんなプレッシャーがあって、でもその中で必死で自己証明の為に躍起になって何かやらなきゃって頑張っていたのだけれどもやっぱり頑張りきれなくて、

 

あんなに投資した学校を感謝して通えなかった、辛いだけだったわ。

 

あの時の金と時間を今の俺にくれ!と思うけれども、

 

でも今振り返ってみて、今になって私の中からやらねばならないということよりも「もう一度やってみたい」がありあまって湧き出てくることが素敵だななんて思うわ.

 

ほんとに私はスピには感謝しているわ。そうじゃなかったら今頃どうしていただろうと思う。

 

立ち止まって吐き出して行っていく中でとにかく世の中に吠えたいフェーズがやってくると思うのね。私もこのブログをそのツールとしてずっと使ってきたんだけれども、

 

その時って言うのはすごくある意味自分勝手で、「私がこう思ったことを言い放って何がわるい!」とか、何でもかんでも自己開示することが解放への道であると思って内面を喋りまくっちゃったりするわけなんだけれども、

 

ある意味すごいマイワールドで、自分にフォーカスガッツリ当たって周りが見えてない状態でもあるのよね。

さも自分は素晴らしいことをしているのだ!私発信!っていうちょっとしたハイの状態でもあるのだけれども、

 

でもこのフェーズも必要なんだと思ったわ。で、その後、なんでも言えば良い、発信すれば良いってもんじゃないのと、私をみてみて〜!!って言う時の世界の見えてなさってのはすごくあるのだなって思う。

 

でもそれも良いのよ。それを経験しないと世の中ってあんまり見えないのだなって思うわ。私もまだ見えてないけれどもさ。

 

自信や軸が出来れば出来るほど頭が垂れてくる、感謝とフラットネスの中で他人にも慈愛を提供出来るようになるのかしらね。

 

そうなれたら良いなと思うわ。

 

まとまりませんけれども、そんな夜よ。ふふふ。。運動してないからちょっと太ってきたわ。。あはははは。

 

雨やまないかなー。

 

 

またねーん

 

 

夏子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分を統合していく。

  • 2017.09.18 Monday
  • 23:43

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

こんばんは、夏子です。

 

台風一過の後34度の中、野球観戦してまた日焼けました。いつまで黒いねんあんたって感じ。

 

人間同士の集まりってめんどくさいけれどもおもしろいわね。いろんなことあって飽きないわ。

 

互いにあの人の言ってることはおかしい、と言ってる2人がいるのだけれども、

どちらの話も聞いてみると、すごいそっくりなのよね。

 

同じエネルギーのものしか引き合わないと言われるけれども、こういうのを目の当たりにするとすごいそう思う。

実は何も起っていない。困ったこともどうにもならないことも起ってない。

でも2人のあいだには不条理がたくさん起っていて、相手の気持ちを探り合って悩んで怒ってって感じ。

 

そういうのを見るとさ、私のプンスカ怒ってることとか、こいついい加減にしろよ、ってことも多分相手にしてみたら同じなんだろうと思うんだけれども、

 

自分だとどうしても、いや、困ってるのは私だけだから!と言いたくなるよね。

 

しかし、波動が違うものはそもそも互いに確認出来る範囲に現れないと思うので、

 

ま、なんかある。でもそう言うと通り魔に襲われた人とかは?とかそういうことを考えちゃうじゃない?

 

だからそれも「何がそうさせた」ではなく、それはただ起こってるだけなんだけれども、どう受け取っているか。。みたいなさ。

 

この辺死んでもうまく説明出来ないことよね。私もわからないけどわかるような変なところ。

 

昨日ドラマの「愛してたって秘密はある」の最終回を見たわ。

 

バイザウェイ、私このドラマ最終回しか見てませんので全く話の細かいところシカトですけれども、そんでそんな知識の上であえて語りますけれども、

 

とりあえず川口春奈が可愛いってのが抜群でした。まぶいわー。

 

福士蒼汰くんについてはNo Feelingな感じなのですけれども、最終回面白かったです。

 

と言うのは、福士くんはいわゆる多重人格になってしまっていて、もう一人の自分がなんかやらかしてることに最後の最後に気づくんですけれども、

 

絶対受け入れられない何かがあるけれども、それを感じ続けていると罪悪感で死んじゃうから全く他人を自分の中で作って引き受けさせるってのは誰でもやるよな、と思いました。

 

福士くんの場合は、罪の意識に苛まれて日々懺悔の思いを背負ってる自分と、

 

別に俺は悪くないじゃん、皆、偽善ぶってなにヒロインぶっこいてんの?とその罪なんか屁の河童♫と罪に対して全く罪悪感のない人格を作ってバランスを取っているわけですね。

 

そうじゃないと罪の意識でもう自死しかねないわけです。もう何するにも怖いし、バレたらダメだし、誰かと近づけば近づくほどその人に悪影響を与えちゃうんじゃないか、ってヒヤヒヤしてるからそのままで常時起動してたらいつかぶっ壊れる。

 

外では社会的に成功した物分りのいい人なんだけれども家庭内でDVとかもそうね。

 

どっちもその人なんだけれども、受け入れてない自分の感情があるとそんな風に表裏みたいな豹変性になるのかもしれないよね。

 

それとか私なんかも「私は特別」という特別意識を強く持ってる人間でしたし、今でもそうなんだと思いますけれども、

 

そうやって逃してるんですよね、特別意識枠という自分の中の人格を作って、向き合いたくないところをなんとか回避する。

 

いろいろと人間関係がうまくいかないけれども、それは自分が特別だからだ、というような落とし所で。

 

私は間違ってないんだけれでも、周りがクズすぎてついて来れないのよねーみたいな解釈することによって自分はOK!を作り出そうとしている。

 

本当は馴染めない、わかってもらえない、強いところなんて1つもない、と感じて止まない自分ちゃんの存在を押しのけているのね。

 

妄想の中に生きてそれがあたかも本当であると感じることも同じよね。アナザーワールドを作ってそこで生きちゃえば思いのままと言うことなんだろう。大体人を見下した態度で見ちゃう時って言うのはアナザーワールドからの視点だと思って間違いないわ。

 

でもそういうのってアピればアピるほど批判が返って来るのよね。面白いくらい的確に。でも私にしたらサバイバルだからどうしようもないのよ。

 

エニウェイ、

 

そういう自分で作ったエゴ・ワールドに飛ばした自分と実際の自分との統合って言うのかしら。

 

そういうのが合わさった時に多分自分の魂を自分で引受けている状態ってのになれるのだと思うわ。

 

広がっていた自分がどんどん1つの枠に入っていくような感じかしらね。目指せ統合。

 

でもこのドラマで川口春奈ちゃんが言ってたんだけれども、

 

人の弱さを出せない、受け入れない世の中を変えていきたい

 

と彼女が言っていたのはそうね!と思ったわ。

 

もちろん犯罪はいけない。結果として何かやっちゃったのなら償わないとならないけれども、

 

強くて正しくあることだけが、生き残っていけるたった一つの術である、って言うのは違うと思う、私も。

 

罪を憎んで人を憎まずってか。いろいろディープだわ。

 

あっち行ったりこっち行ったりしている自分の統合。1つに合わさった自分は思ってたよりきらびやかでもなければ、人に好かれているわけでもないけれども、圧倒的な安定感があるのかもしれないわね。

 

やっと涼しい。。あぁ暑かったきょう。。

 

ではまたねーん

 

夏子

 

 

 

 

 

 

 

先取りの意味。

  • 2017.09.14 Thursday
  • 23:30

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

こんばんは、夏子です。

 

秋の夜長。。とは言うけれどもなんか寝ちゃってさー。仕事から帰ってくると寝ちゃうわ寝ちゃう。

ほんとご飯作るのがめんどい。義務よ。義務。だからと言って外に行く元気もないんだけれども。

 

までも、

 

やっぱりよく食べる子っておしなべて丈夫ってのは感じる。体が大きくなるよねやっぱ。

うちの息子なんかポッキーみたいな足してて背も高くないし流行り病はもれなくもらってくるタイプなのでしっかり食べさせないとと思うわ。すっごい今更だけれども。

 

子供は勝手に育つとは言えども、Nutritionの面では親がなんとかしないとどうにもならないからねぇ。ちょっと意識して肉とか食べさせてるけれどもあんまり食べることに興味ない子だわね、やっぱ。

 

そんなお母さん徒然の日々ですけれども。まったりしちゃってあんまり伝えてみたいこともない昨今になってますけれども。でももっと働きたいかなってのはある。なんだろね、お金稼ぐって楽しいね。やっぱ金って自由を得る術ではあるものね。その金の為に人生疲弊しちゃうと辛くなるんだけれども、お金って人間社会が作りだしたとてつもない引換券みたいな感じもするわ。享楽と苦しみのマリアージュ。

 

引き寄せでよく言われている「先にその気分になっておく」と言うのはなかなか頭でやろうとすると難しいというかわかりにくいところなんだけれども、

 

気分のみならずその願望が実現した時の準備としてその状態が目の前に現れた時に受け入れる態勢になってないと享受できないよな、と思ったわ、ふと。

 

どうしてもさ、苦しみの真っ只中にいると、棚ぼた的に幸せщ(゚д゚щ)カモーン!こんなに苦労したんだから良いだろ神様!みたいになってしまうんだけれども、

 

誰だってどこか幸せ恐怖症みたいなところあるから、じゃぁはいどうぞ!500万円と素敵な彼氏です受け取って!って言われたってなんか裏があるんじゃないかとか滅相もないとか思っちゃうよね。

 

でもさ、とりっぱぐれ人生を送っちゃってると、

 

無駄なことならしたくないって思っちゃうじゃん。この資格とればとかこのマッサージ受ければとかムダ毛処理すればほんとに必ず世を生きながらえるスキルと筋が通ったボディーとイケメンくるんですよね?そうじゃないとあえてやりませんけども?とか思ったり。

 

ほんとに叶うんだったらやりますけれども、そうじゃないんなら嫌だし、やるだけやったのに手に入らなかったらその過程でウキウキドキドキしてた私可愛そうじゃん、そんな辱めを受けたくない、だからその喜びがほんとに来るってことが確実ならばそれに向けて努力はします、みたくなるわ。私は昔はほんとそうだったと思う。

 

だからこそ喜びとかウキウキベースで何かに投資するよりは、

 

世間的に手堅いものだけを押さえ込んで、やりたいことよりはやっておくべきことを優先的にやっちゃうわよね。

でもやっておくべきことをやったところでまぁまぁ基準は抑えるけれどもいざ手に入るとへーこんなもんかーみたいでどこか消化不良。

 

明確な貯金目標があったりすると案外人は計画的に準備出来るし、

 

ある資格をゲットしないとやりたいことが出来ないとなるとコツコツ勉強したりするように、

 

やっぱ準備というかその目的に向けての行動と具体的なビジョン無くしてぽんっと天から降ってくることってそんなにないよね。ま、もちろんあるかもしれないけれども、殆どないと思う。

 

なので何かなし得たい事があるのであれば、それが目の前に現れた時にあっさりといただきますと言える自分になっておく必要はあるなと思うわ。

 

ハワイのビーチで気ままに過ごす日々を送りたいのであれば、

 

ハワイじゃなくても気ままに過ごす日々ってのを実際今ここで経験しておかないと、実際ハワイに行っても楽しめないかもしれない。

 

素敵な彼に愛し愛されの日々を送りたいのであれば、愛し愛された時にそれを当たり前に受け取って楽しめる自分でいないと多分拒否っちゃうと思うのよ、怖くて。

 

でも全部それも金ありきじゃん、相手ありきじゃん、自分1人で愛し愛されって言われてもさぁって思っちゃうんだけれども、

 

確かにそこは難しい。でもその気分を味わうことを意識していたら自然と行動も変わってくるんじゃないかなと思うのよね。

 

お化粧変えてみたりさ。バイトの日数増やしてみたりさ。少しづつ自分ができる範囲でそのなりたい状態のみちよさんがよく使うワードの「エッセンス」を感じられる状態に自分を持っていけたら、

 

思っていたことと全く同じ状態じゃないかもしれないけれども、いつかなんか知らんけど叶ってるんだと私は思う。

 

で、その叶ってる状態の時って言うのは自分の感覚的にはすごく当たり前な感じで、

 

こんなことが私に起こるなんてなんてミラクルマジカルルララルラー♫って言うよりは、ウンウン、そうだよねーみたいなフラットな感じなんじゃないかと思う。

 

波動をあげるってのもそういうことなのかもしれないわね。波動としてまず同じレベルになっておかないと突然放り込まれても弾かれちゃうってか自分がそこにいられなくなるのかもしれないわ。

 

取っ掛かりはなんでも良いのだと思う。明るくなりたいと思うのであればちょっとパステルな服を買ってみたり、一品多くコンビニで買うでもいいけど、

 

それがなんになるとか、その日のために今は我慢、とかやっててもやっぱ手に入らない。そして具体的な行動もやっていかないと始まらない。でもその行動も義務とかテクニックみたいに思うと本末転倒するという、ま、難しいことだけれども。

 

自転車持ってないし乗れないし、練習する時間もないけれども、自転車で中国大陸横断出来たら私は満足!

だから私は瞑想して自転車で中国大陸横断してる自分をビジュアライズしてノートに願望書き込むの、とかやってもさ、

 

ちょっと誰かに自転車借りるとか練習する時間を無理ぐりでも作るとかしないと無理じゃん?でもなんか愛するとか愛されるとか誰かが自分を救ってくれるとかそういう具体的なようで具体的じゃないことが目標になると願っていればなんとかなるんじゃないだろうか、このオイル塗っておけば叶うんじゃないか?とか思っちゃうわよね。

 

だから少しづつ、そうなったらいいなぁ、のベースで自分の日々で出来るところから叶えていくっていうのは不思議世界なことじゃなくて非常に現実的プロセスなのだと思いました。

 

例え思い描いていた通りの現実が現れなかったとしても、

 

でもその過程で得たものは次に回せるよね。特に美の部分とか勉強の部分とか必ず使える。最初の願望は叶わなかったけれども、むしろこのためにこれやってたのかーってのが後で出て来ちゃうのかも。

 

そのものじゃなくても、エッセンスでまず実体験としてやっておく。必要なことよ。

王子様と舞踏会で踊るにしてもまずパンプスちゃんと履きこなせてないとね。だから先にパンプス買って履きこなしてウキウキしてたらいいということなのだわ。自分のやりたいことに向かって自分を行動させてあげたことでもうそこで波動上がってるのよね。

 

昼寝して夜寝したのにまた眠いわ。

 

台風どうなりますかね。自然の猛威自体を防ぐエネルギーは我々ないですけれども、できるだけSafeな環境を作っておきましょうね。

 

 

ではねー♫

 

 

夏子

 

 

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