わかってもらえない怖さ
- 2016.11.29 Tuesday
- 09:10
JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング
おはようございます、朝っぱらから夏子です。
今から一緒に、これから一緒に殴りに行こうか。
そうですよ。一緒に戦えます。一人じゃないのですよね、ホントは。
昨日今朝と子どもがむずかっていろいろと手を焼いていました。学校生活と言うのはそりゃいろいろとあるっぺよ。
叱責するのではなくて受け入れてあげようと思ってもついこちらもイライラとしてしまって、頑張りなさいと言ってしまう親心。
言われなくても頑張ってるのだけどついつい。反省しつつ、モヤモヤしつつ、黄昏つつ。。の毎日です。自分の子どもってのはどこまでも果てしなく自分の写し鏡で参っちゃいますね。
飛鳥さんがまた捕まっちゃいましたね。でも、なんつーか擁護するわけじゃないけど、
とりあえずほんとに証拠が出てきてから叩けば?とは思います。
でも仮にそうだったとして、もしくはそうじゃなかったとしても、
彼自身、彼の身に起こってる事は「現実」なわけです。
盗聴とかそういうのも含めて。それはうちの母が妄想症状があった時にすごく思ったんですけど、
それがいかに荒唐無稽な事だったとしてもそれは当人には100%起こってる事で、真実で疑いようのない事なのですよね。
そう見えたり聞こえたり思ったりしちゃうのは、超現実。で、もしかしたらほんとにやられてるかも知れない、程度はわからないけど。
でも今彼の言ってる事誰も信じてないじゃないですか。そうさせちゃったのも彼本人なのかもしれないけど、でも今彼が抱えている
「なんでみんなわかってくれないんだ」と言う思い、それはものすごい恐怖でもあると思います。
特に芸能人なわけでメディアなどでガンガン言われちゃってる、つまりそれはイコール世間が自分を真っ向否定している、お前は狂ってると言われてると言う事でもあり、
すっごい孤独と恐怖だと思います。自分が見ている真実を誰一人として肯定してくれない。だから何としてでも自分を肯定し、事実を証明しないと!とアドレナリンが出まくってる状態だと思います。
ヤホーの記事で読んでなるほどな、と思ったんだけど、
薬物使用が常習的になる人もいれば、適宜遊びで使える人、もいるとのこと。もちろんケミカルは脳に作用しちゃうからそんなにカジュアルに使える人ってのはほんとに少ないのかもしれないけど。
でも常習的になる人にとっては薬物は生き延びるための術、っていうかそれがないと生きられなくなっちゃうわけで、
それは命綱で高層ビルからぶら下がってる時にその命綱をぶっつり切って自力で壁面にへばりついて生きる、みたいな事でもあって、
自分の生きづらさの中で唯一生命を維持するための頼みの綱を全部捨ててさぁ生きろ!と思えるためにはものすごい意識改革と勇気が必要なわけよね。
時間かかりますよ、そりゃ。薬物依存まで行かなかった自分でさえも意識改革するのにもう20年ぐらい費やしてるけどまだ全然生きづらいじゃない?
でも、自分の頑張りであれだけ有名にもなった方だから、
その時のプライドと言うか、その時の自分が本当の自分だからみんなにまた見せてやらないと、とか違う違う、ほんとの自分はそんな責められるべき人間じゃない、という意地とかその他色んな責任も背負っちゃって、
苦しいだろうなと思います。
田代まさしについても同じ感覚を感じるけど、一刻でも早く昔の自分、正常な自分、というのを早く世間に見せて、自分の弱さを強さで乗り越えたということを証明したくなる、そしてまたそれがプレッシャーになるのかしら、と思うわ。
薬物依存は究極だけれども、でも我々の心の中にも普通にある感覚ですよね。みんなそうやって意地をはって弱さを見せまいとして頑張っている。でも薬物の怖いところはもうそこで自分で自分をコントロールする機能が脳から失われてしまう。
気分を晴らそう、楽しもう、苦しさから逃げよう、どんな意識が使用の発端だったのかはわからないけど、
究極の自分いじめであることには変わりない、と思います。だからそこまで追い詰められていた、辛かったと言うところをまず自分で認識することが重要なんだろうけど、
どうしても違法薬物で快楽を追求し、それに打ち勝てなかった弱い人、というレッテルはついてまわっちゃうから、認められないよね。
ワイドショーのコメンテーターが「どうしてまたやっちゃったのか。自分に勝てなかった。裏切った」と連呼するけど、
どうしてもこうしてもないんですよ。そうせざるを得ない状況になっちゃってた、んだと思う。
戒めてもやめらんない。だから薬物からの更生プロセスってものすごい国がかりでやってかないとならない意識改革プログラムなんだろうと思います。国家プロジェクト並の。
そんなかで本人が何かに気づくか、気づかないか。本人の人生の選択に最後はなっていくわけだけど。
とは言え私も難しいことはわかんないけど、
ものすごい恐怖だろうな、と思います。自分の見たもの感じたもの思ってる事が全部「妄想だ」と言われる事って。
でもみんな多かれ少なかれほんとはそうなんですよ。自分の目の前の現実が鉄板真実で、みんな私に注目して責めている、という思い。
だからこそ単に「考えすぎだよ」とか「そんなことないよ」とか「勘違いじゃない?」とか言う言葉が受け入れられないですよね。
心は難しい。安心するのも難しい。が、
今よりもっと助けてもらえるし、分かってくれる人もいるし、そんなに自分を責めなくても良い、ということは全体にして言える事だと思うわ。
あぁ、いろいろあるわね。後一ヶ月で2016年も終わりよ。こいわねー。
夏子