雑談とほんのりアニバーサリー
- 2014.11.29 Saturday
- 23:12
JUGEMテーマ:日常
もれなく見てましたNHK杯、大将です。
隠すわけでも無く子供の頃からテレビっ子でさんざん必要不必要関係無くテレビから情報を得ている私ですが、
今日もそりゃフィギュア観ちゃうわ。女子も面白かったけど、男子もすごかったですね。
村上大介選手って全然知らなかったけど、こうやってまたぞくぞくといろんな人が出てくるのね。スポーツの世界ってすごい。
羽生選手残念でしたけど、相変わらずスパンコールが日本一似合うガラスの10代、美しいわねぇ、彼って、ほんと。
で、最後のインタビューで悔し涙を流しそうな目で自分の演技について語ってましたけど、
なんての、村上選手も怪我から立ち直ってここまで舞い戻ってきたわけで、こうやってまた陰の部分に触れてしゃがむ事で更に次のジャンプが高くなるという意味で、何かものすごく人間世界の縮図を見るようだわ。
しかし、羽生選手を見ていると、『自分の人生と幸せに責任を持つ』というのはこういうことなのかな、みたいなものを感じます。
スポーツ選手っていうのは押しなべてそういうものだとは思うけど、誰が何を言ったかとか、どんな因果が、理由が、背景が、歴史が、云々ではなく、『今ここの自分』が求めているものに100%フォーカスあたってて、そこに自分が立つ選択をした以上、誰のせいもこれのせいもない、今の自分に何ができるか必要かっていうものが全てみたいな。
なかなかここまでストイックに自分と向き合うってのは普通は出来ない事よね。
世界のトップクラスのアスリートっていうのはすごいね、皆。
と、そんなストイックな美しい世界をテレビでも鑑賞しながら、
相変わらず『5時に夢中!』も好きで観ちゃってて、いつもこれ見てると夕飯の支度が遅くなって子供に怒られるんですけど、
ゲストコメンテーターも毎回すごい。
ホリエモンが月一準レギュラーで出てるけど、最近見た他のゲストコメンテーターは、江原啓之、酒井法子、安達祐実、細川ふみえ、長谷川豊、とかね。
ものすごい濃さのディープファンクが流れるわぁ。。
色々あった皆さん勢揃いなんだけど、これもまた私すごい人間らしさみたいな物を感じてなりません。
正しいこと、正しくないこと、色々あるだろうけど、でもそれらを実体験しているのがものすごく人間臭いというか。
来週金曜日はヒラインド・ケンだって。ゲラ。
平井堅様がインド人の格好で出てくるあれですね。楽しみです。
人生で一回だけテレビ出したげる!って言われたら私は間違いなくMXの5時に夢中!にでます。
バイ・ザ・ウェイ、
実は今日って私がブログはじめてから1年経った日なのね。旧ブログも含めてだけど。
もうほんとに日記なんて3日どころか書きだす前にあきらめるような自分が一年もつらつら何かを書き続けるって奇跡ですよ。
てかよく考えたら自分が『面倒くさい』と感じずに何かを一年やったことなんてないかもしれない、ブログ以外に。
ブログやりだしてから一回だって『面倒だけど書くか』なんて思ったことないです、誰も読まなくてもなんでもとにかく書きたいから書いただけ。
すごいわぁ、たったこれだけの事なんだけど自分で自分を褒めてやろうと思って。そんで投稿数も結構な感じよ、1年で200記事くらい書いてる!!
よっぽど溜まってたのでしょうけどね、40年分の思いがw.
でも不思議なもので、
ま、ブログサービスのアクセス解析はクローラーの影響とかプレビューもカウントアップされたりとか後はいろんな操作による水増しが多くて実数は結果より格段に低く、ほぼあてにならないってのは定説ですけど、
とは言え日々のアクセス数の大まかな上下は確認できるわけで、
ま、とはいえこんな個人ブログ大したアクセス数もないんですけど、
でも明らかに自分が書いた記事の『何か』によってそのアクセス数が変わっている、という事実はあります。
好きなことを書きなぐってるだけの私でも、私も特にトピックもないけど気持も入れずになんとなく書いている時もそりゃあるんですが、
そういう時ってアクセス数が少ない。
でも、もう自分の本当の思い、感情みたいなものを書きなぐってて、後から読んだら顔真っ赤みたいな記事のアクセス数って多いんですよね。
そこに何かうけそうなトピックとかタイトルがなくても、です。
なんか自分の思いがエゴであれ、誤りであれ、恥ずかしい内容だとしても、本当の心からの言葉とかどうしても言いたいことかそうでないか、というのでやっぱり伝わる力が違うんだろうな、って思います。
本当はそう思ってないのに良い事書こう、とか認めてもらおう、とか思って書いても人を呼ばないんですね、多分。
文章じゃなくてもスピーチとかでもそうかと思いますけど、校長先生の『いつものあれ』みたいな話を生徒がまるで聞いていないように、そこにほんとに伝えたいものや自分が吐き出したい気持があるかどうか、ってのはどんな人でも聞き分ける能力があるんだと思います。
昔、夏休みの宿題の読書感想文が書けなかった時に、うちの兄ちゃんにチョコレートを賄賂に代筆させて、それがなんか賞みたいの取っちゃった事あるんですけど、
表彰されたでチャンチャン終わり〜ではなくて、それをクラスの前で読まないといけないはめになり、仕方なく自分が書いたんだぜ風吹かせて読んだんだけど、すっごい周りがしらけてて、
『賞まで取った素晴らしい兄ちゃんの作品』なんだけど、読み手の私の心からの感想じゃないってのが多分皆波動で分かったんでしょうね。ってひどい思い出話ですけど。。皆さん宿題は自分でやりましょうね。。
同じく、私も社内翻訳とかしてたんでそれこそ営業資料とか社内稟議資料とかに触れる機会がたくさんあって、
サラッと読んでしまえばそれほど何も感じないビジネス文章なわけですけど翻訳となるとやっぱり読み込まないといけないのでじっくりその文章と向き合い、この人は何を言いたいんだろう、この感じはどの単語に置き換えれば一番伝わるだろうかって考えるわけなんですが、
味気ないビジネス文書やお客さんとの簡単なやり取りのメールでもやっぱりその書き手のエネルギーってのはビシバシ伝わってきて、
いくら文章でカッティング・エッジで、スペシャルでオプティマイズドでエフィシエントで!と必死で謳っていても、
『お前この製品ちっとも良いとも思ってないし売ろうって気がないだろ??』
みたいなのが文章から透けて見えちゃうんですよね。
だから文章というのはものすごくその人の気持が出ちゃうというか、取り繕って当たり障りなく書こうと思ったりしてもホントはムカツイてるとか興味ないとか無理やり書いてるとか、その後ろが透けて視えるものなんでしょうかね、面白い。
だから良い事書こうとか面白くしようとかってもちろんそういう気持もありますけど、誰かが聞きたがってる事を書くんじゃなくて自分が言いたいこと、つまんないことでも恥ずかしいことでもなんでも、それが一番なんだろうな、とは思います。
とは言え仕事でホントはこんなの売りたくねーしとかは書けないからそこはもちろんどうしようもなく、嘘でもなんでも盛って盛っていかないとダメなわけで、
そういう時はそのまんま、空元気な感じで深く考えずにサラーッとイケイケどんどんな翻訳をつけるのが正解ですけどね。
でも多分そのプレゼンを受ける側は何か感じちゃうんだろうな、とは思います。
でも個人的にはブログを始めてよかったなと心底思います。何より自分の気持が分かった、あぁ、こんなこと思ってたのねーみたいなね。
アタマではいくら考えて結論付けていても色々端折ったり考えないようにしたりしているんだけど、文章で自問自答していくと思いもよらない言葉を自分で言ってることにびっくりすることが多々あります。
ブログ通じて知り合った方もいるし、何よりお客様になってくださる方が何人も居たり、と不思議なツールです、ブログ。
読んでくださってる奇特な皆さんも、あー、大将イキってるなとか、うがってるな、とか早まってるな、とかカッコつけてるな、とか間違ってるな、とか色々感じてくださってると思います。
ま、だからそういう意味でもう丸裸よ。シンガーソングライター並の『私について』をとことん語るというナルチシズムの塊、だからもちろんブログじゃなくてもそれこそ自分の日記帳とかに書いても同じなんだけど、それをワールド・ワイド・ウェブに乗せるって意味ではある程度『覚悟』も必要なわけで、私にとってはそのくらいの気合が無ければ自分の殻を自分で破ることが出来なかったのかもしれません。
でも、『自分ってなんだろう』で悩んでいる人にはオススメです、ブログ。自分のペースでやってみたらすごく良いと思います、私のペースはちょっとおかしいですけど、だって溜めこんでたものが多すぎて。
そんなわけで、今から一杯引っ掛けて祝って寝ます。
アデュー
大将