それは本当に「卒業」か。

  • 2018.06.05 Tuesday
  • 01:01

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

こんばんは、夏子です。眠い!

 

よくわかんないけれどもことごとくソフトボールに行く機が奪われ、体がなまってしゃーないです。

なのに焼肉→お好み焼き→インドカレーと畳みかける肉肉炭水化物を摂取してしまい、パンパンでございます。

 

若さ、老いというものにこだわっていた時期からようやく抜け、ちょっと冷静になってきました。どうもコアなところだったのですね、個人的に。しかし、誰しも通ってきた道、通る道なんだろうな、と思います。

 

バイザウェイ、

 

あの男からは卒業、とかこの職場からはもう卒業、とかこの友人関係からは卒業なの、というような表現で人は誰かとの別離を表現したりしますけれども、

 

とはいえ、

 

自分で三行半を突き付けたのに、別れた男のSNSなどを見てしまうのがやめられなかったり、

 

離れた職場のことを探ってみてしまったり、と

 

やっちゃいますよね。私もよくありますけれども。

 

その時ってのはとにかく少しでもいいから相手がズタズタになって困ってくれてないと困る!私がいなくなったことですべてが回らず、メロメロになって、はい、もう解散!ぐらいまで追い込まれててほしい、とか思っちゃいますよね。

 

ところが相手はそれほどジャブも効いておらず、ピクニックの写真とかカフェでカプチーノとか、新規プロジェクト発足!とかなってたりして、え?なんなの?どういうこと?みたいになったりして。気になってしゃーないという。

 

え、え、でも私はもっと波動の高い相手とこれからすっきりと関係を構築していきますし、新しい職場はほんとにすべてが揃ってますし、とかフリーになってほんとに時間が取り戻せて私はハッピーだし!と、

 

「思い込もう」としてしまいます。そうじゃないと見切った自分が正当化できませんから。

 

が、やっぱこういう状態って卒業じゃないんですよね。

 

根っこにあるのは、

 

「わかってもらえないならもう知らない!」

 

という思い。さみしさと憤り。

 

わかってもらえなかった苦しさはすごくよくわかります、けれども、

 

その「わかって!」は本当に相手が受け取らなければならないというものだったのだろうか、ということですよね。

 

とりっぱぐれて生きてしまうと、

 

この人ならわかってもらえる、というある意味心が優しい人に対して、要求過多になってしまいます。

 

自分の上司なのにお父さんのような施しを求めたり、

 

友達なのに絶対に自分を裏切らない母のような存在であってもらいたかったり、

 

先生だって他人なのに自分の人生の道筋をびしっと整えてくれる人でなければならないじゃん!と押し付けてしまったり。

 

わかってほしいのマックスの時はその境界線がぼやけて自分で見えなくなってしまうんですよ。それはある意味自分も他人ごとなのに自分のこととして受け入れて身を削ってきてしまった悲しみと苦労があるので、自分の入り口も誰でも不法侵入できるほど広げてしまってきている。だからこそ、

 

このぐらいわかってくれて当然でしょ?だって私は人に対してそうやって来たよ?

 

とわかってくれそうな人に全部流し込んでしまうんですよね。

 

しかし、自分が知らないだけで後ろではいろんなことが起こっていることに無知だったり、自分は常に正当でリベラルである、と思っているけれども、相手には傍若無人に映っていた、ということが多々あるものです。シンプルにめんどくさい人と嫌われてる時もある。

 

しかし、エゴ的にはそのような自分の姿は一切受け入れたくないので、

 

いかに相手がクズかという理由と証明を必死でかき集め、やっぱり私は悪くないじゃん、私の選択は全くまちがってないもの!としたくなります。

 

わかってもらいたい、ことはまず自分でわかってやらないとならないので、

 

その部分を他人でなんとかして補おうとすると、それはかなり自分勝手で、悲劇のヒロインに自分でなってるだけの場合があります。恐ろしいですよね。気づいてないって。でも、気づけないんですよ、自分で自分の苦労を理解して救ってやってないと。

 

リーディングやってると面白いんですけれども、

 

お客さんの中でも長年連れ添ったご夫婦もいれば、長く付き合ってるパートナーがいる方や、幼稚園からの親友だった人がいる方などもいるのですけれども、

 

縁が切れるときってホントに見事にスパッと切れるんですよ。なんの躊躇もなく。

 

片方の学び・気づきが終了するとほんとに躊躇なく相手と関わろうとしなくなるし、

 

二人が同時に学び、気づきが起こると、最後は感謝で終わり、バッサリと二度と会わない、という決意まではしなくても、お互いにもう人生がクロスすることはないよね、ありがとう、とスパッと切れます。

 

ほんとに見事に切れますよ。え?いいの?と私が躊躇するぐらい。

 

何か不健全な関係があったとして、でももうほんとこりごり、この関係はマジむり、私はもう自分を大事にします、となると、

 

別れた相手のSNSなんて見る気もしなくなるし、幸せなら幸せでいいし、不幸なら不幸で大変ね、とは思うけれども、でもその人のおかげでいいことに気づいたなぁ、ということで結果、感謝でおわっちゃう。

 

で、感謝で終わられちゃったら、もうそれ以上なんもないんですよ。関わる線がなくなるというか。

 

相手の不幸を願い、自分の正当性が立証されるのを虎視眈々と見つめている場合は、物理的には離れても、エネルギー的には「執着」として全然乗り越えてない、ってことあります。

 

本当に何かから離れるときには、すがすがしいエネルギーであふれてて、前しか向いてないはずです。

あとの事はどうでもいいんです。

 

しかし、どうでもいいわ!と言いながら全然どうでもよくない、ってことたくさんありますよね。

 

 

 

とはいえ、人にバッサリと切られたり振られたりする側だったら、執着からは離れられませんよね。何かのグループから自分だけ外されたとか。

 

置いていかれた方は、被害者意識にどうしたって苛まれます。

 

いろんなケースがあると思うけれども、相手がマックスの状態まで我慢できなくなったからかもしれないし、

振られたり、仕事を辞めさせられるのも、自分の何が「悪かった」のだろう、と思ってしまうよね。

 

もしくは単純にいじめられて仲間外れにされることだってあります。

 

でも、そういう時って周りのせいだけじゃなくて、なんかがあるんですよ。

自分の知りたくない自分の姿があって、それを他人は見て判断している何かが。

 

その謎を知るためには、とにかく怒りと悲しみを書き出して吐き出して、ズタズタの被害者意識に苛まれる時期を過ごしてから、

 

本当の自分はどうしたいのか、意地を張っていたのか、相手のコントロールにゆだねてしまっていたのか、とか、自分の能力は本当に評価に値するものだったのか、本当にその場所で自分はハッピーだと思っていたのか、もしくはクソが!と息巻いていたけれども実は受け入れて欲しかっただけなのか、

 

自分の気持ちに素直になって、ありのままの自分を受け入れて、そこから

 

自分らしく幸せになるを目指すしか無いんだと思います。相手の後悔を期待してそこで足を止めていたら進まないし。

 

子供の悪ぐちの言い合いなんか見てても思うんですけれども、

 

これを言ったら「くそー」ってなるだろうな、っていう言葉を悪口言う方は言うんです。その困惑して顔が真っ赤になった姿を見て、優位に立とうとすることで自分はこの子よりも上の人間だ、と証明したいという弱い心があります。証明しないとならないのは、自分は「劣っている」と思ってるからに他ならない。

 

そしてクソーと反応する方も、それと同じような影があるんですよね。

 

でも、何を言っても響かない相手というのは「幸せに生きている」人であり、何を言われようとも、え?あたしの事?と意に介さない、そんな子に悪口言っても自分の痛みを共有してくれないから言い甲斐がない。

 

自分が幸せになること、ってのが一番のリベンジでもあるんですよね。

 

でもリベンジのために幸せになってやるぅー!ってのもまた他人に向けた承認欲求なので、これまた似て非なるもの。

 

そのところは頭で考えてもうまく整理できませんが、

 

たった一人でも幸せ、という境地、とことん孤独でも私は私を信頼している、という自分への愛が構築されれば確かに人の人生や意見で振り回されることはないですよね。そこまでなかなか落とし込めませんが。

 

卒業とか見切った、などなどいろんな表現で自分がその関係を続けていられない理由を相手のせいにしてディスってしまいがちですが、

 

それはほんとに卒業なのか?ってのは関係を断つ前に考えた方がいいと思います。

 

少しでも、うっと涙が出そうになったり、ざわざわひやひやする思い、相手の何かを期待している思いがあるのならば、卒業ではないかもしんない。

逆に、あぁ、ほんとにここは終わったな、すがすがしく、そして感謝の念と自分の成長をたたえられるのならばそれは卒業かもしんないと思う昨今です。

 

よく考えたら、いろんなところで毒巻いてケツ巻いて生きてきたぜ、私も。浅はかだったけれども、まぁそんときゃしょうがなかったな。うん。

 

 

 

また近日無料相談受け付けます!告知しますねー♪

 

 

夏子

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
すったもんだの末に切れた人と4年ぶりくらいに最近スパッとつながったりしました。人との縁は面白いものですね。
  • ふみきゃ
  • 2018/06/05 6:32 PM
おーふみきゃ。

一周回ってまたクロスする場合だってあるよね。それぞれの旅路を経て。
縁の深い人だね、その彼。出会いって全くもって偶然じゃない、人の縁っておもちろい。

コメントありがとうー!
  • 夏子
  • 2018/06/05 11:09 PM
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