私なんか。か。

  • 2018.05.12 Saturday
  • 00:00

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

こんばんは、夏子です。

 

しばし寒かったですね。風邪引けってことかよ!と朝から天に向かって叫びそうでしたけれども。

アファメーションどころじゃねぇわ、って感じですね。なんのこっちゃ。

 

今、結構自分の中でもやもやしていた、“なんだろうな、この思い”という自分ではあまり解析できなかったけれどもずっと感じていた思いの答え合わせのような出来事が連続で起こっている気がします。

 

今日はみちよさんのツイッター一言回答を読んでいて、

 

心の深いところで“私なんか”という思いはありませんか?という回答があったのですけれども、

 

あるなーって思いました。女性としての自分の価値、ってところだよね。

 

四十代半ばになり、母親になっていても、どこかでキラキラキャッキャしていてちやほやされている若い娘を見ると、

 

“け”

 

と思ってる自分が確かにいるんですよね。

 

でも自分の娘には思いっきりそういうちやほやを全身全霊で表現して受け取れる女になってほしい、とも思ってるんですよ。

 

嫉妬と羨望以外の何物でもない、のよね。

 

でも、嫉妬と羨望である、という事実すら今までは自分で認められずに、

 

“そうじゃないエリアで” 世間に、異性に、そして同性にも“素晴らしい人だ”と思われようと必死のバッチだったのだな、と感じます。

 

そしてそのそうじゃないエリア、つまりキラキラでぴちぴちじゃないところで頑張ってきたところ、はもちろん私の財産にもなってきているし、無駄ではなかったのだけれども、

 

明らかに老いてくる肉体を見ながら、でも、昔の私は自分の若さと女らしさ、みたいなものをもっと表現して、磨いてこれなかったのはなんでなんだろう?と後悔の念を持ってしまいます。

 

今にして思えば、

 

エステでも行ってお肌の調子整えて、ジムで鍛えてシェイプアップして、お化粧勉強してかわいい服装して、髪形ももっと工夫して、合コンでキラキラして、、ってできたはずなんだけれども、

 

そんときゃそう思えなかったのですよ。とってつけたような高いもので威嚇してみようとしたり、疲れてボロボロでも仕事したり、化粧も高い化粧品なんて使っても意味ねーしと思って適当にパシャパシャやって、合コンでもクズどもに目にもの見せてやる、と男に喧嘩売ってましたね。

 

むしろそれが私の個性だと思ってました。そしてその個性を理解してくれる人こそ、自分をわかってくれるレベルの人間であり、私のレベルにあった人、そういう人って少ないわよね、だって私のレベルがた・か・す・ぎ・る・か・ら!!!ぐらいのすっ飛ばしっぷりだったんですけれども。

 

しかし、それは今にしてやっと理解できるけれども、

 

私なんかかわいいと思われない

私なんか女らしさがない

私なんかキラキラしても笑われるだけだ

 

という“私なんか”シリーズの信念を根深く自分が持っており、しかしその信念を覆すために必死で自分を正当化する術をさがしていたんでしょう。

 

また、私は魂的に男とハーフブレンドで、みちよさんにも以前指摘されたことだけれども、

 

男らしさ、というところがところどころ出てきてしまう時に、

 

“女のくせに”

 

とも言われちゃうんですよね。すると、自分の中の女性性のみならず、男性性も批判されることも多かったです。

 

どっちに転んでもなんかしら傷つく。そんな中で、平穏な気分で女性らしさをおう歌する、なんて気持ちに全くなれなかったですね。

 

年齢を重ねてきてようやっと、キラキラぴちぴちでは肉体的にも年齢的にももう主張する必要もなければ需要もない、となった今、初めて、

 

ある意味すごく楽になってきました。今、の自分に似合う、かわいいと思う、すてきだと思うものを身に着けて、出るとこは出て、不要なところでは黙っててもいい、そんな風に自分を少しづつ許せるようになってきたとは思います。

 

でもやっぱりテレビのアイドルなんかを見ると、そりゃもともとの顔面力はベースラインの問題としてありますけれども、

 

あんな風にキラキラ・うふうふとしながら、生足だしたりして、自分もやってりゃ良かったな。うらやましいな。って素直に思います。

 

肉体的・中身的な女としての価値、というものに対してあれほど戦々恐々として、そして自分自身に私なんかどうせ、と思っていた自分自身に腹立たしさも覚えるし、そして何よりかわいそうだったな、と思います。

 

そんでほんとに、“私なんか”と思ってると、“俺なんか”っていう男が寄ってくる、という不思議。そういう二人がくっつくと、

 

お前なんか女としてダメだ、とかあんたなんか男としてダメだ、っていう喧嘩になるんですよね。

 

笑うくらい似た者同士だったということです。

 

セルフケアをしましょう、というのはスピリチュアルでもよく言われている“自分を愛す”ことの一環ではあるものの、

 

その私なんか、という信念の存在を感じぬままそこに傾倒してしまうと、

 

何とかより良い人間になるためにあれもこれもやらなきゃ、と思っていろいろ買っちゃったり、修行か!ってくらいのボディーメイキングのめりこんでしまったりもするわけなんですけれども、それはある意味“そうしなきゃだめだ”っていう強迫観念であり、自分をさらに追い込むことにもつながっちゃうのよね。

 

その辺難しい。自分のためなんだけれども、自分を慈しむつもりがまた自分を追い込むことにもなる可能性の部分ね。

 

とはいえ、

 

いつも気づくのは後になってから。そして若いころの自分を悔やんでもしょうがないのですけれども、

 

それを含めて今までビルドアップしてきた私なりの個性、というものと、

 

表現したかった女らしさとかかわいさとか、

 

押し殺してきた男気とか、

 

今になってやっと、リラックスしながら出せる年齢になったことはある意味ものすごい解放でもあります。

 

若くはないけれども、いい顔ってありますよね。

 

美女じゃないけれどもすげぇかっこいい人とか、

美男じゃないけれども、笑顔がすごい優しい人とか、いますよね。

 

乗り越えてきてるのよー、皆さん人生を。決して社会的にすんばらしい功績がなくてもさ。懸命に生きて、失敗しながらも自分の道を切り開いて行こう、と思ってる人のお顔は美しいし、そういう人に対してもっとこの人を知りたい、と思う気持ち、それが本当の相手に感じる“色気”なんでしょうね。

 

若いころとか人生経験が薄い頃とか感情にふたをしている時にはそういうのわかんないですよね。

わかんない人にとっては若ければいいし、美しけりゃいいし、もてればいいし、やれそうなら色っぽいって思うだろうし、私もそうだったんだと思います。

 

なんか。。しんみりして来たわ。。もっときゃーきゃーしとけば良かったなぁ、もっとあそんどきゃ良かった、とかもっと早く脱毛してりゃ良かった、とかいろいろ思いますよ正直。

 

そしてそのところの気づきがはっきりなかったので、自分の老い、に対して妙にぎすぎすしてたんだな、って感じます。。

 

そんなことをしみじみ考えておる昨今です。

 

ではねーん

 

 

夏子

 

 

 

 

 

コメント
夏子さん、こんにちは。
書き出したり、吐き出したりしている日々ですが最近、ラスボスを発見しました。「悲しみ」でした。

小さい頃にしまい込んでいた昔々のものだったんですが、見ないふりしてきたんだなとは思います。他者に認めてもらいたかったり、愛されたかったりしたのはこの「小さいちゃん」だったと気づいたら、自分を抱きしめてあげたくなりました。

そしたら、自己顕示欲が強くてガサツなくせに傷つきやすいこの面倒な性格の私だけど、もうこのままでしょうがない認めよう!と半分開き直りもあり「自分を愛でる」をやっています。

時々今回の記事のタイトルのように「私なんか、が」がでてきます。仕事で失敗した時とか、、、。
3歩進んで2歩下がる歩みですが「思い出したらまた愛でる」を繰り返しています。でも慣れって怖いですね。慣れ親しんだところに無意識だと戻ってしまうんです。
今は意識しないとダメなのでこれも練習かなと思っています。

とりとめのないコメントですみません。
近況報告でした!
いつもブログありがとうございます!

  • miyano
  • 2018/05/12 10:52 AM
miyanoさん、

コメントありがとうございます!

そうなんですよね。吐き出しを続けていくと最後に辿り着くのは悲しみの自分で、なんてけなげで純粋で頑張ってたんだろう、と自分で自分を抱きしめたい気持ちになります。そして、そんな思いをさせてきた回りに対する怒りももちろんありますが、そんな状況でもその場を離れたり主張することもしなかった自分自身に対しても、ごめんね、もう大丈夫だよ、こんな思いをもう私は私にさせないからね、って思います。それがほんとの癒しで、自分を大切にするということなんだと思います。

慣れは怖いですよね。私も自虐したり、きつい女を演出することを今でも止められません。でも、それは自分を逆に傷つけていることなんだ、という気づきがあると少しづつその場その場で冷静になれますよね。その繰り返しでいつの間にかすーっと楽に生きていけるのではないかと思います。

私なんか、という思いはどんなに外側でいいことがあってもなかなか消え去りませんが、少しづつ、そんなことないぜ!と自分と対話していきたいと私も思います。

がんばりましょー!!

ありがとうございました<(_ _)>!


夏子
  • 夏子
  • 2018/05/12 11:41 PM
夏子さん竜太郎ですよ〜。こんばんわ〜。

私ねぇ、ananとか、以前のブログに載ってた夏子さんの写真見て、いつも「綺麗な人だなー」って思ってたんですよ。お世辞じゃないですよ。ホントに。可愛らしいお顔した人だなーって。
だから、夏子さんの若かりし頃のお話とか、今回の「自分なんてどうせ・・・」っての読んで、ビックリなんですよ。こんな可愛い人でもそう思ってたりするんだ!って。

それでね、ふと、デッドオアアライブのピート・バーンズを思い出しましたね。

ピートといえば、圧倒的な歌唱力とカリスマ性、そして何よりあの美貌。100人いたら100人が「あんたスゴい美形ですよ」って言うと思うんだけど、ご本人は自分が醜いとずーっと思ってたんですよね。整形繰り返して、最後は凄まじいお顔でしたけど・・・。

そして、私にももちろん「私なんて」ってのがガッツリあります。豊かさを受け取れないのも、恋愛がうまくいかないのも、結局は自分の奥の方で「自分なんてダメだ」って思ってるからなんですよねぇ。。。

うーん、自分を大事にって、難しい〜。
  • 竜太郎
  • 2018/05/13 10:07 PM
竜太郎さん、こんばんみー。お元気ですか?

あらん。そんなに褒めていただいて夏子感激。ありがとうございます!!!

ハウエバー、思っておりますよ、私なんか、って常に常日頃に。ほんとに自分で自分を認めない限り、何をしようともこの疑念は払えないのですよね、他人に承認を求めつつも、その承認すら受け入れないんだったら、じゃぁどうすりゃいいのよ?って回りもなっちゃうのだけども、なかなかうまくいかんとです。

ピート・バーンズ!!!お懐かしい。ピートはそんな醜形恐怖を持っていたのか?と思って、晩年の頃のお顔をのぞいてみたのですが。。。すさまじいですね涙。完璧な美形だったのに。

天から二物も三物も与えられていながらにして、自分の心が満たされていないと幸せとは感じられない、という非常に強いメッセージを放った方だったのでしょうね。でも、そんな悶絶する彼の人生が生んだyou spin me round. 名曲ですね。

自分を大事にってすごく難しい。永遠のテーマです。しかし、少しづつ愛して自分を救っていく、地道にやっていくことですよね。豊かさを自分のために受け取ってあげたいものです。


コメントありがとうございましたー!!

夏子
  • 夏子
  • 2018/05/14 10:53 PM
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