子供の中に見る自分

  • 2014.11.26 Wednesday
  • 23:41
JUGEMテーマ:日常

ExileにTribeを足すとAtsushiがマイナスになる。。。

エクザイルのシステムがいまいちわからない大将です、こんばんは。

ユニクロのキルティング巻きスカートを買ったが最後、ジーパンの上から、暖パンの上から一日中腰に巻きつけてしまってますわ、まさにユニクロマジック。

あぁ、どうして今まで買わなかったのだろうか。。『家用』のはずが今日はとうとう近所のスーパーにもこの出で立ちで。

ワードロープが100%ユニクロになる日も近いのがうっすら怖い昨今です。


さて、


前回の投稿で激怒ってましたが、相変わらず怒ってますけどでもま、色々と考えたりして。

子供相手に弱い者いじめの図を押し付けるおっさんに対して憤ってた訳ですけど、

どうやらこれもやっぱり何か自分を重ねているのだな、とは思いました。

ま、このおっさんはおっさんで多いに問題ありなので、目の前で何か起こったりしたら相変わらず決闘する覚悟でいますけど、

でも、このおっさんの中に見る様々な構図というのは今まで自分が経験したり見てきたものの縮図であり、

『このおっさんさえ成敗すれば』みたいな気持が強いのかもしれないです。

But多分そうではない。

多分、このおっさんに対して、『うちの子を強くしてもらえるのならビシバシやって下さい』と思っている親が見え隠れしたり、

ひいては『いや、でもおかしいと思うんだけど』と本当は感じているけど『そう感じる自分が悪いのだ』と思っているかもしれない子供の心などにどこか共鳴しているのかも知れません。

実際のところはどうかわかりません。私もこのおっさんについてよく知っているわけでもないので、指導者として一理ある部分もあるのかもしれないし、

親の方も『習うところだけ習って後は気にしちゃだめだよ』的な事を言ってるのかもしれないし、

また、子供のほうもこのおっさんの影響全てで何か彼らの人生をかけ違うということも無いでしょう、週に数時間会うだけで、実際そこで強くなって優勝したりとかもしているわけで。本当の問題は、ほんとは死ぬほど嫌な思いをしているのにそう親に言えない環境にいることであるかもしれません。

なのでこのおっさんさえ消滅すれば全てはOKという事ではなく、また私が思うほどの憤りを周りは感じていないのかもしれません、ただ、

何か自分の人生のいろんなパーツでしんどかった事の根っこの部分を見ているようで、このおっさんの言動一つ一つがイラッとするのかもしれないです。

スピにハマるといろんな自分の中で自分を守るために作ってきたフィルターが剥がされていき、

なるほどそういう仕組だったのか、とかそりゃ私もほんとに辛かったよね、とかいろんな事が思い出されてきて、

自分のやらかい部分を見て行く作業の連続になっていきます、すると、

『色々とあんなに押し付けられた中で自分がその期待に答えようと必死になり、それが出来ない自分はダメだ』と思い込んできた自分みたいなものにリンクしだすと、

どうしてもそれと同じような構図を周りで見るとピキーーーンとなり、お前みたいな奴がいるから私みたいになっちゃう子がいるんだよ!と怒りがあふれる。

でも更に掘り下げていってしまうと、

『それがあったからこその今の自分』でもあるわけで、

何も引っかかりなく、穏やかでまるーく生きてきたら見えなかったものもたくさんあり、それはそれで幸せなのかもしれないけど、みえたからこそ本当にやりたいこととかが分かったりもするので、

それも自分が選んだ人生。。。という結論にも行き着いてしまう、よって、

いちいち他人の人生に振りかかる自分の経験とシンクロした出来事に対して敏感になりそこに牙を剥いてそこを成敗しに行ってやるみたいな気持は、

もしかしたら余計なことで、

その人はその人の人生のプログラムの中でそのような状況を引き寄せていて、そこからまた学ぶことを目的としているかもしれないので、

私が介入すべきことでも無いのかもしれないな、と。

もちろん助言を求められたりしたら自分の意見ははっきり私は言いますし、

目の前で自分の子供以外の子供でもなんでもが窮地に陥っていたらわたしは世間体無視して戦いを挑みます、これは今までなら怖くて出来なかったけど今ならできます。

しかしそうではない状況の中では、自分がやたらとアクションを起こすのはそれこそ自分のエゴかも知れない、とも思いました。

『人の人生は人の人生。あなたが押しかけて何かをするべきものではない』と以前みちよさんにも言われましたが、

そういう部分も確かにあるのかな、とも思います。

てか、今になって思うんですけどね、

結局子供を持つことって、自分の子供時代をリピートすることと近い、と思うんです。

私のみならず皆さんも子供の頃いろんな理不尽を経験しながらもサバイブして今に至る、そしてしんどかった思いなども乗り越え、同じ状況が現れても立ち向かう力も勇気もあるかも知れないし、またはうまく回避する能力も身につけたかもしれない。

そしてもう二度とこんな奴らには関わるまい、として大人になってからは苦手な人、グループ、環境に自分を近づけないように生きる戦術も持ってると思います。

しかし、子供を持つと、再度またそういう人や環境と向き合わなきゃならない瞬間がどうしたってある。

いくら回避しようにも、自分のことなら別にどうなってもいいんだけど、子供となるとそうはいかないこともあるし、子供と自分は別人格ですから、自分とは全く違う行動を取ろうとしたり、自分の中のご法度を知らないところでやろうとしていることもある。

傷ついた事があればある人ほど、そこにナイーブになってしまって、子供の一挙手一投足に気を配り、終いには『ああいう子とはあそんじゃダメよ』と耳打ちしてしまったり、子供の行動範囲をガッチガチに縛ってしまう事もあると思います。

もしくは、もう見たくない、聞きたくない、自分も生き残ったのだからあなたも自力で生き残れるでしょ?と見て見ぬふりをして放置する場合もある。

これらも全て自分自身を自分の子供に重ねてしまっている現象で、何れにしても子供を裏では傷つける行為になる場合もあります。

しかし、親からしてみれば、『そうやって守ることが愛』だと信じて止まない場合もあり、それに従わないのなら、『そんなことしてたらあなたはダメになる』とまた子供を追い詰めることをしてしまうかもしれない。

別に根性論じゃなくても、こういう格好していればおかしいと思われない、こういう雰囲気でいれば嫌われない、など親は子供を守る術として様々な技を伝授し、子供もそれを愛と疑わずに受け取り、全てハッピーに見えても実はその思いに縛られて自分らしい格好や表現が出来なかった。。みたいな恨みを後で感じる事もあったりして、親の思いが純粋であればあるほど苦しい場合とかもあって、

どうすれば何をすれば正解ってのが見えなくなるんだけど、

『そう思っちまう親の気持』みたいなものも理解できるんですよ、だって自分もそうだから。

それこそスピなんかまるで知らない8年前の自分の状態で今子育てをしていたら、私は多分自分の子供二人に対して、以上に厳しく、完璧主義で、甘えを許さない、という教育と親心と言う名目の心理的虐待に近いものを与えていたかもしれません。

なので、

子供を持つというのは、やっぱり子供に再度自分を育てられる、と言う意味で彼らが親みたいな部分も多いにあるのだと思います。

ただただ愛しい、かわいいだけじゃない。ものっすごい密な人間関係で、ものすごく痛かったり辛くもある。とにかく見せられる、自分自身の事を。だからこそ尊いものでもあります。

だけど、『子供を持ってこそ大人になれる』というのはこれまた非常に傲慢な考え方で、

子供を持たなくても大人になれる人だっているわけです、何が大人なのかって定義は曖昧だけど。
逆に子供を持たないと大人になれない人もいれば、子供を持っても大人になれない人もいる。

そしておそらくそれぞれがその親子ペアが選択した人生と目的を持っている。

とにかく、今私は自分があまり考えずに『だってかわいいじゃん♪』と思って生んだ二人の子供の子育てで色々と勉強させられています。それは喜びとともに何か重く深い深いものも同時に与えられたとも感じます。

でも、今にしてまた考えると、あまり深く考えていなかったから生めた、というのも多いにあります、今ぐらい熟考しちゃうような自分だったらもうそもそも結婚するしないで考えあぐねてにっちもさっちもだったとも思う。

脱線してきたけど、何が言いたかったのかしら?わからなくなって来ましたが、

とにかく子供のことで自分がムキになったり、ヒヤヒヤしたり、心配で心配で夜も眠れない。。みたいな状態に陥っている時って言うのは何か子供に自分を重ねているのだな、ということなんだなというのを感じました。

ママ友もPTAも子供の習い事も学校の先生も、

ちらっとでも自分が子供の頃経験した『あの感じ』をほんのり嗅いだ時にとにかくそこから逃げ出そうと思ったり戦おうと思ったり、絶対うちの子がかわいそう!!とか思っちゃうのは、

自分がその子供の中にすっぽり入ってしまって、『絶対子供が嫌な目にあう!!』という幻想に脅かされるから、だと思います。

もちろんその通りになることもあるだろうし、思いすごしの時もあるだろうし、ま、その辺は色々だと思いますけど、

子供の頃は言えなかったけど、今なら言えると感じる事があるのならば、

そこはガッツリ向き合うことが必要で、『事なかれ主義』『見て見ぬふり』の親になるのだけは私はNGだと思います。

あぁ。。。。でも難しいわね。

親同士のやり取りだと『うまくやり過ごす技』ってのも必要な場合もあったりするものね。。

と、最後弱気になったりもしちゃったりしますけど、

子育てってディープ。だから面白くもあるのですが、

とにかく色々考えさせられます。いろんな意味でありがとう、子供。


アデュー



大将


















 
コメント
最終的に「おかーさんのせいだー!!!」って思われることを恐れない・いつか言われるかもしれないことを受け入れてるのが一番大事なんだろうなーっておもいました。
親がどんな選択したって、何がその子にとってほんとに正解なのか、スピやっててもわかんないのにスピやってない人はもっとわかんないと思いますし。
そこで子どもからそんな風にいわれないように・思われないようにビクビク回避しようとすると身動きがとれないですし。
子どもから「いいお母さん」として評価してもらうことを期待して動くと、そうじゃなかった時に「アンタのためにこんなに頑張ったのにー!」ってなってしまうし(うちの母はこれです)

ビクビクしながら親の顔をうかがってたときと同じように、ビクビクしながら子どもの顔をうかがう感じ。

子ども産んだことも、結婚したこともないですが、なんとなーくそう思ったので寝しなに書いてみました。

ああ、そういえば小学生のころの私のお友達に、いろんな家の親御さんから「あの子と遊んじゃだめ」って言われていた子がいたなあ…
その子、うちに遊びに来たときに祖母の500円玉貯金数万円分をとっていったのを思い出しました。。
「私がその子の言うことをバカ正直に信じたせいだ」って、落胆する祖母を見て落ち込んだなあ。あの子元気かなあ。
じいや、

そうなのよね。

完璧なお母さん、主婦、妻、社会人、誰からも何のダメ出しも出されない完璧なそれこそVeryな人を目指そうとしてヒヤヒヤドキドキしながら生きている人はたくさんいる。

そして子供にもそれを求めてしまって全ての行動に監視カメラを付けてしまう事もあるのよね。

でも、それはやっぱし苦しいし、無理、と言うか親の不完全さから何かを学んでこそ子供も成長するのかもしれないという意味で、自分も完璧ではない、『お母さんのせいだー』といわれる事も覚悟しなくちゃいけないというのはうなずけるわ。

>500円玉貯金事件

おばあちゃんの気持ちを考えると悲しいね。
でもその子の事も気になるね。窃盗というところまで行くとさすがにその子にもその親にも一言申し上げたくなるけど、子供同士の関係性に親がツッコミすぎて子供の世界をややこしくして結果自分の子供も相手の子供も孤立させてしまう、という現場もあったりするし、非常に難しい。。と感じるわ。

自分が子供を持つことに非常に抵抗あります。周りの大人が子供に与える影響力の強さを痛感してきているから怖いと思ってしまうのと、子育てという忍耐をこれ以上したくないのと、私自身が子供らしい子じゃなかったから、パパやママに抱っこ!とせがんで抱っこしてもらっている子供をどこかで見かけたりすると、羨ましいと思ってしまういい年齢こいた私がいます…。
  • ぶん
  • 2014/11/27 11:04 AM
いろいろ思い出してきたんですが、小1くらいのときに500円玉貯金事件の子とその兄に石を投げられながら帰宅して、一度彼女の親御さんにウチの親が連絡したことがありました。
そのとき母親がピンクのウサギのぬいぐるみを持って謝罪に来てくれたんですけど、彼女の家はボロボロの借家で、もしかしたらあまりお金のあるお家ではなかったかもしれなくて、大人になってから「あの時のぬいぐるみのお金は何日分の生活費だったのかな」なんて思ったら悲しくなりました。

祖母がいない日に家まで追いかけられてチャイム鳴らされまくったり、そのとき外遊び用の道具を勝手に使って遊んでたり、すごく泣かされて祖母から「あの子と遊んじゃだめ」って言われたのに「どうしてそんなこと言うの」って怒ったことがあるような気がします。

その500円玉貯金も、2万円くらいをカラオケでぱっと使われてしまったのはすごい悲しかったけれど、仕返しとか絶交とかしなかったのが今思うととても不思議です。
お人好しすぎじゃないだろうか私。

掘り下げたらいろいろ出てきそうです。
ぶんさん、

お気持ちわかりますよ。
私自身も昔は電車の車両に小さい子が居合わせたらすぐさま移動するような事もありました。 多分ぐずったり甘えたりしている姿が羨ましい、疎ましい、という自分の中の何かを見るからだったのだと思います。 だから皆子供は生むべきじゃん!みたいな社会通念は非常に乱暴な話だ、と感じたことを思い出します。

結婚したくない、子供が欲しくないなんておかしい!!みたいな風潮が今まではたくさんありましたが、今の少子化においてはぶんさんが感じていらっしゃるような子どもを持つことに対する疑問を持ってる人も多いからだとも思います、保育所増やせば子供が増えるとか言うのはとても安易な考えですよね。そんなんじゃないんだよ、と私は思います。

でもなんで自分は子供が欲しくないのかについて自分で考えて理解されている事自体が必要なことなんだと思います。

しかし、欲しくても授からない人もいれば、とにかく周りがそうだから欲しい!と思って生んだ後に悩む人もいたり、子供を持つ持たないにおいては自分の意志云々だけでなく視えない上の方での私と私の子供の魂の間で何かマッチングみたいな互いの『色々あるでしょうけどやってみます?』みたいな了承があったのではと思わざるを得ないとても神秘的で深い部分だなと私は感じてます。

じいや、

ディープな話だね。

何か、じいやの中でその子の気持がわかってじいやの心とリンクしていたからかも知れないね。

その時はおばあちゃんも孫をかばうためにそう感じるのは当然だったろうし、でもその時仕返ししなかったじいやの気持も本当だし。 結構印象に残る今のそして今からのじいやにもつながる出来事なんだと思うわ。

そそ、掘り下げだすといろんな事出てくるのよ。。。

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