成長。変化。と捉えてみよう。

  • 2018.10.16 Tuesday
  • 00:33

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

きょんばんは、夏子です。

 

相変わらずホリケンが好きです。ポップコーンパーティー!(知ってる?)

 

徒然から入りますけれども、

 

テイラー・スウィフトがトランプちゃんに、なんかちょっともうムカつく共和党やめっぴ!と批判をした時に胸がちょっとすっきり。

 

トランプちゃんが目の敵にした移民、有色人種、マイノリティーへの批判、あれはある意味アメリカの声でもあるんだけれども、

 

若い白人女性でテネシー州、しかも長身金髪のアメリカンアイドル。トランプさんの好きなプレイメイトとはちょっと質が違いますけれども、彼の男のプライドを刺激するにはテイラーはうってつけというか。

 

どういう反応するのかな、と思ったら押しなべて「頭の弱い若い女の子」みたいな感じの反論でしたね。

 

確かに、政治的なもろもろは私たちの想像以上の複雑さがあり、表面的なことだけではないとは思いますが、テイラーが切り取ってるのもトランプ政権の一部、であって、「お前に何がわかる。困ったなーこれだから若い娘は」みたいな反論の仕方を見るとやっぱトランプって駄目だな、と思っちゃいます。

 

ざ・おっさん。絵に描いたような。若くてかわいい子にもてはやされたいのにちょっと痛いところ突かれると、この小娘が!みたいな反応になる、という。見苦し!もうそれぐらいしか突っ込みどころないんでしょうね。

自分には手に入らない女からの一言、思いっきりフック入ってると思いますよ。

 

でも、トランプさんってヒールの役割ですが、

 

やっぱりヒールの人ってその組織の問題点を一人で背負って暴いてくれてるんですよね。責められる対象となってくれて、皆の意識を変えようとしてくれている。そういう意味で彼はすごい人物だと思います。

 

実はトランプさんってものすごく人間ができていて、あえてあんな感じで好き勝手やってる、という説もあるんだそうで。だとしたらものすごい人物ですけれども。

真相はわかりませんが、そうだとすれば、もしかしたら10年後ぐらいにドキュメント映画になって、バズってるかもしんないですね。タイトル先に考えとこうかしら。The Presidentとかね。いや、Trumpかな。クソどうでもいいんすけれども。

 

バイザウェイ、ここ二日間ぐらいめちゃ胃が荒れてまして。口内炎もできてすげぇダウンでした。

 

胃炎。ですか。またここでいつものリズ姐さんの書を開いてみましたが、

 

大きな怒りによって、自分が「焼かれる」ような経験をした。

 

とありました。ひゃだ、ぴったんこかんかん。

 

また、胃は消化器官ですから、これも新しいコンセプト・気づきを突き付けられたけれどもまだ消化できない、いや、そんなことないもん!みたいな抵抗があったのでしょうか。

 

しかし、大体私の場合は何かが起こったあと、アフターに体の症状として現れるので、体が病んでる時にはもう感情的には収まってるってのはあります。

 

変化の前というのは大体体調を崩すので、そう捉えましょうか。きっとそうですよ。ポジティブな変化ですよきっと。

 

こないだまで怒っていたことは嘘のように鎮火してきました。一体なんだったのだろうか?ぐらいの。

 

愛に気づいた、というと美しいですけれども、それよりも自分の抑え込んだ感情がエゴとなって世界の見方を変えるそのすさまじさをまざまざと見た、という感じかな。

 

今回もロケットランチャーをところかまわずぶっ放さなくてほんとに良かったです。また大事な仲間や信頼を失う所でした。

私はそうやって失ってきた人がたくさんいます。うん。

 

影響したい、させたいことはあるし、意見もあります。でもそれは私がやらなければ変わらないことでもなく、またその責任を負ってるわけでもなく、また誰かをコントロールすべきことでもなく。

 

ほっといていい事ではないけれども、でも相手と通じる言葉を選んで発言することの大事さを噛みしめております。

 

むかむかする胃を抑えながら、自分がどうなりたいのか、という状態も何となくわかってきました。言葉にするのは難しいのですが。

 

しかし、

 

結構まだまだ時間かかりそうだな

 

っていう。いや、たぶんかかりますよ。私自身が私のクライアントだったら、そうねぇ、あなたの望む状態になるの、後10年後かしら、とか言っちゃいそう。10年後って言われたらどう思います?結構辛いっすよね。

 

うーん。致し方ない、一歩一歩。ほんとに自分でいうのもなんですが、複雑なというか面倒な人間だなって思います。もっとシンプルでいいはずなんだけれども、そう育たなかったですね。しゃーない。

 

ちょっと休憩しつつ、またいろいろと考えてアクションしていきたいと思います。

 

ではねー♪

 

 

夏子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どのような人と人間関係を深めたいのか。そこが問題なのねきっと。

  • 2018.10.13 Saturday
  • 23:53

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

こんばんは夏子です。さっみ。さみー。

 

今日は保護者活動Dayで一日走り回っておりました。

子ども二人でこんだけ疲労しているのに子供四人とかいる人ってマジすげぇって思う。

人間としての基礎体力というかパワーが違うんだろうなって思います。シンプルにリスペクトします。ほんとに。

 

昨日の記事でアイドルという言葉を書いてふと思ったのですが、

 

皆に愛されるっていう存在。Idolとは英語でも日本でのアイドルと同じ意味もあるけれども、第一義的には偶像、というか神仏をかたどった造形物の意。。ともある、とどっかで読んだわ。

 

つまり、万人に崇め奉られるような存在ね。誰からも尊敬されて愛されちゃうってやつ。

 

自己肯定感が低く、人間関係がうまくいかないとどうしても誰からも愛される私を求めて誰にでもいい顔しちゃったり言いたいことを言えなくなったりしますよね。

 

または自分の女性性、男性性に自信がないと、世の中的にウケるとされる女像、男像に自分が「ならなければ」恋愛市場にも入っていけないという思いもあります。

 

誰からも悪口を言われない人とか、

足が細くて美人で色白で巻き毛で。。とか

 

こういう人になれれば自分OKみたいな概念が世の中にはいっぱいあります。

 

しかし、結構こういうのも博報堂とか電通とかがマーケティングで作ってる概念も多いのだろうと思います。アラフォーとかで四十路前の女性の焦燥感をあおり、商機を狙うってのも実際やってることでもあるし。トレンドってこういう会社の戦略でもありますよね。

 

踊らされてんのよ、私たち。ぐはは。踊り子ですよ、はい。バービーの杏子ぐらいのぐるぐる回転ですよ。(知ってる?)

 

でもコップ半分の水を見た時にどう思うか?という例えで、

 

ワオ、半分もある!って思う人と、え。半分しかない!って思う人の割合ってたぶん50・50ぐらいなんじゃねぇかって思うの。

 

だから私のこれが好き!なんてのも世の中の50%の人にとっては嫌いだったり関心が無かったりで、それが当然だと思うんですよね。私だってキンプリとか好きじゃないし。NEWSは好きだけれども。なんのこっちゃ。

 

だから誰からも愛される人って、何でもない人ってことなんだと思うのよね。

 

高須先生もおっしゃる通り、人は人の欠損を愛する。その人のダメなところといいところのギャップに萌える、それがその人への「興味」につながるのであって、

 

完璧な人間と称される誰かを果たして「好き」になるかと言ったらあんまならないよね。

 

スピリチュアルの難しいところなんですが、

 

では私は私でいいの!これが私なの!とありのまま教にはまってしまって超孤独になることもあるんですよね。

 

すごくこれが私!を主張してるのになぜ遠巻きにされるのか。そう思っちゃう時期が私にもありました。しかし今思うと、その時の私の「これが私なの!」っていうのは「これが私なのわかって!」っていう主張だったんですよね。

 

強い自分の個性を押し出しているつもりだったけれども、実はその自分の個性がすごいものかどうかを、他人を使って確認しようとしている感じ。

 

だから言いたいことを言ってるのに、なんか辛いんですよ。言い放った以上引っ込められねぇみたいな感じの苦しさ。

 

この時の自分はやっぱり誰からも愛される偶像になろうとしていたんだと思います。

 

でも、そんなもんになってもしゃーないのね。

 

自分で自分を理解してあげた上での主張、というのを言うとすごく心軽いんですよ。もちろんプンスカ文句言われたり陰口もたたかれます、でもそれはその人たちの問題で、私が「いや、私ホントは良い人なんだよ」なんておっかぶせる必要もない、んですよね。

 

だって自分も特にその人たちと付き合いたくないわけですから。自分が興味を持った人に興味をもってもらいたい、実は求めているものはそれなんですが、それには「私とは」という軸がないと気の合う仲間ってできないんだな、と思いました。

 

生きて行く上で表面的な社交辞令的な付き合いも必要な場合もあります。保護者会とか。それはそれ、なんですが、

 

心通じ合う人と、深くじっくり付き合いたいのであれば、「みんなから愛される自分にならなきゃ」という概念は間違ってるんだと思います。

 

で、そういう通じ合う人がせいぜい3人でもいたら結構人生万々歳だなとかって思います。

 

異性関係についてもそうなんだと思います。ステレオタイプな「いい女」を演じていると人は寄ってきますが、

 

付き合い始めたり結婚したりすると、「実は私はこうなのよわかって」というのを隠し切れなくなります。上っ面だけでやれなくなるので、付き合ってみたらこんなはずじゃなかったって思うことがたくさんですよね。

 

モテるのも自分が好きな人にだけモテればいいんですよね。

で、世の中のハイクオリティな人っていうのは「これだ!」っていう人を見つけて淡々と愛を生きている人も多い。

 

誰かれ問わずモテはやされるのもいいですが、自分が好きで尊敬している人にモテないのだったらやはり空虚。

 

なのでとどのつまり、不完全な自分を愛し、自分は自分であることを全うするしかないのだなって思います。

 

嫌われる勇気、という言葉がありますが、嫌われるっていうとちょっと語気が強いですが、自分を出していく、ということはそれだけ反発も受けるということですよね。

 

出る杭は出ちゃうし、出ちゃった杭に対するアタックは当然あります。そしてそれは怖いし、悪口言われたら誰だって悲しい。

 

でもそれを防ぐために自分を抑えて何でもない人でいることもやっぱりしんどいと私は思います。

 

でも、言葉っていうのは気を付けないとなと思います。後は吹き荒れる感情を出す前に一旦冷水を浴びることも大事。

 

皆に好かれる私、男ウケ、女ウケする人、なんてのは偶像になるということで、

 

誰かから唯一無二の人として愛されることとは真逆の方向に突っ走ってるのだと思います。

 

 

 

まぁ、私も頭ではわかってるんですけれどもねぇ。。人間関係ってのがあるとなかなか私もキョドってる時は多いわ。

 

でも、突き抜ければ突き抜けるほど批判はもらうのだと思います。それこそごーりきちゃんのように。

 

でも彼女すがすがしいじゃないですか。すごいスッキリした顔を最近なさってる。軸があるんだなと思います。

 

光ってる人っていうのはその分影も持ち合わせているんでしょうね。

でもそれでも影は影として認め、でも自分の魂を輝かせることを選択する。なかなかすごい事ですよ。

 

ま、そんなわけで、そういうことを見つめながら日々を観察している昨今です。

 

「この出来事にははどんな気づきがあるか?」と思って日々過ごしてみるとすごく面白いです。

偶然ってないんだなって思う。

意識して生活していると、「え。なんでこんなことが。アンサープリーズ!」と心を開いて待ってると、

 

案外すぐ答え来ます。「いや、あなたこういうエゴをお持ちの故、こんなこと繰り広げてまーす」ぐらいの軽快さでアンサー来ますね。

 

だから反省すること、ゲ!と思うことも多いですよ、でもそれは楽に生きるために必要な気づきですよね。

でもその自分の弱さ、未熟さを受け入れる覚悟をもつ、つまり心を開いていないと入ってこないことでもあります。受け入れたくないことも多いけどさ。

 

なんかちょっと激おこぷんぷん丸だった先週に歯を食いしばって寝ていたようで、今右の歯茎がいてぇです。フロスを入れると血が。歯肉炎だよねー。げろーん。

 

身体のサインは心のサイン。何がそんなに悔しかったのか、おい私よ。。

 

マウスピースを付けて寝る、を再開しています。ボクサーかよ。

 

そんじゃねー♪

 

 

夏子

 

 

 

引き寄せ体質になりたい。これよね。

  • 2018.10.13 Saturday
  • 01:13

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

こんばんは、夏子です。

 

ダウン目のタイトルでごめんなさいね。もうこんな時間じゃん。けけ。

 

ところでみちよさんのこの記事面白い。ごーりきちゃんとゾゾタウンの話ですね。

 

そういわれるとなるほど、と思うわ。古い言葉ですが、剛力さんってとっぽいよね。でもやっぱ相当エッジが効いてないとゾゾタウンとは付き合えないと私思います。そういう意味では紗栄子さんもそうなんだと思う。

 

剛力さんも紗栄子さんも一見【あるある】というか、ある意味ステレオタイプを押し付けられがちなビジュアルだったり立場だったりしたじゃないですか。かわいいの象徴というか。かわいいからきっとこういう感じでこんないいところがあって、でもきっとこんなところは結構黒いんじゃないか?みたいな。

 

私たちの嫉妬も含めた【こうあってほしい】像を押し付けられやすいタイプというか。でも全然本人たちそうじゃなくって突き抜けてるんでしょうね。だからさんまさんの「剛力ちゃんは騙されてる」とか「ファンに嫌われたら大変」とか言うのって、嫉妬と余計なお世話の塊で、情けないっすよね。でもそれだけみんな剛力ちゃんに恋焦がれていたのでしょう。

 

剛力彩芽さんも今後どうなって行くか楽しみな人ですけれども、年齢が上がって明らかに生きやすくなったであろう芸能人女性って結構います。

 

広末涼子とか、長澤まさみとか宮沢りえとか。いいですよねぇ。

 

本来はこんだけ突き抜けていた魂があるのに、「若さ」と「かわいさ」を強要されて出せなかったものがたくさんあったんじゃないかと思います。そして三十路を超えてからにじみ出る彼女たちのいろんな感情の表現がすごくいい、と私思います。

 

そう。だから世間一般で求められている像などを追及しても、ステレオタイプで終わるだけで本人はつまんないよね。

 

でも人ってやっちゃうじゃん、モテテクしかり、会社で上司にかわいがられる方法しかり。

 

しかし、ステレオタイプを売り、夢を売るからこそ「アイドル(偶像)」なのかもしれない、そういう意味ではさんまさんの言ってることもわからんでもないですね。それが職業でしょ?っていう。

 

やっぱ最後は個性が漏れ出でるのね。年齢を重ねるってのは楽になるってことだとほんと思う。

 

そういう意味で私はすべてにおいてアイドルの素材はなかったけれども、

 

ホントに演技して生きてるなってのは常日頃感じます。でもみんなそうやってんじゃないのかな、って思うんだけれども。

 

そしてこれは自画自賛のようで自己卑下でもあるんだけれども、やっぱどっか私も変に頭が良いのかもしれない。計算高いんですね。

演じてることは回りもわかってるんだろうけれども、わからないレベルでもやりのける何かが自分にはあると感じる。

 

ありのままって何なのかしらってまた思うわ。

今の自分に「在る」まま。どこにあるんだろう。一体。

 

いろいろと剥がれ落ちては来ましたけれども。うん。

 

自分の弱さから自分はすごく高いところにいる人間だって言っちゃうんですね、どうも。

でも、言ってしまうとその実績をちゃんと証明しなきゃ、ってなって後から必死で追いつこうとするんですよ。

その様が苦しく見苦しい、ということとか。

 

昨今の男への恨みを持ちつつ自分の女性性を卑下するパラドックスとか。

 

大きな気づきはいっぱいあったけれども、それでもまだなんか果たそうとしていますね。何かになろうとしている。

 

でも、とどのつまり、それらをひん剥いて私は何したいのか?って言ったら、

 

いわゆる引き寄せ体質ってのになりたいんだと思う。

 

何かきっとブレイクスルーする到達点があるんだと思うんですよ。あ、そういうことか!っていう。なんだ簡単じゃん!っていう何かが。

 

それを経験してみたいんだと思います。

 

でも何となくその到達点もすでに「知ってる」気もするんです。でもあえて知らないこととして、それに辿り着くまでのジャーニーを感情と共にかみしめながら楽しんでるような気もする、というか。

 

にゃんだかよくわからないけれども。なんかそう思うのよ。

 

フルで楽しみたいのだと思います。あんなことやこんなことも。でも行動に移せない、思いきれない。

 

何かをまだ理解していない、でもそこを探求するのがすごい楽しくもある。

 

この人生は有限。だから全部やって死にたい。それがどうやら自分の夢、というすっごい漠然としたものにいきついてるわ。

 

ここで私の野望の全容は明かせませんがwあまりにもゲスいので。

 

でもお金とかビジネスとか名声か?と昔は思ってたけれどもどうやらそうではないみたい。やっぱり経験してみたい“Feeling”があるのだわね。

 

何言ってるのかわかんない記事になっちゃったわ。ごめんなさいね、いつも世迷い事で。

 

もう1時じゃん。。寝るわ。。

 

悔いなく生きたいわね。うん。

 

 

ではねーん♪

 

 

夏子

 

 

 

 

感情と思考を見極める。

  • 2018.10.10 Wednesday
  • 12:26

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

こんにちは、夏子です。日差しが秋っすね。

 

貴乃花さんってホント白か黒かなのね。。敵か味方か。いやでもその気持ちわかります。

それでももともとマイルドな人ならあれですけれどもエネルギー量が多いもんだからものすごくパワフルになっちゃうのかもね。

 

よっぽどの不条理を歯を食いしばって耐えてきたのではないか、という推測は前もしましたけれども、

【敵】に対してやっている態度はサラッというと拗ねてるんだと思う。

ちょっとでも嫌な気分になったらもう敵、お前らなんか口もききませんから!プンスカ!みたいな感じ。

 

思考は過去に蓄積された情報の産物、とアダム徳永さんが言っていました。

過去に蓄積されたショックだった出来事、「絶対そうだから」という信念のもとに引き寄せた出来事で積み上げられたOwn dataですね。

 

しかし、目の前で起こってることは常にニュートラルとか言うじゃないですか。にわかに信じられないけれどもでも今思い返すとそうだったんだな、ってことが多いです。

 

例えば自分の分だけ何かがなかった。それはたまたまそうであっただけで、誰も後ろで操作したものではないのに、

 

ほら私はこういう時に必ず必ずいやがらせされるから。わざとここで在庫なしってことにしてたんでそ!とかね。でもそう思ってるとそれがもうその人の現実なわけです。

 

でも後ろにあるのは感情なんですよね。「私悲しい」っていう。でもそんな悲しい思いをさせられる自分なんだとどこかでがっつり思っていながらも、自分が悪いんじゃないもの、だから悲しくない!と【思考】で入れ替えて、自分を守るみたいな感じ。

 

悲しくない!だから不条理を訴えるわ!!どうしてわざわざ私の分だけないのよ!責任者出てこい!(ドヤ!)とかなり、

 

周りは( ゚д゚)ぽかーんっていう。

 

ですから必要なのは対話、なわけなの。あれ、どうして私の分だけないのー?って普通に聞けばいい。

すると、ほんとごめん、間違えちゃっててぇ、私の分とりあえず渡すね!とかなるかもしれないんだけれども、

 

感情を思考で覆ってると上記のように激情したり、上から目線になろうなろうとしたり、黙ってふん!と拗ねたり。

 

すると、相手にも悪印象を与え、自分も悪い気分になり、実は誰も悪意がないのにBadな経験になるのよね。

 

一番自分が傷ついちゃうのですよね。やらかす、っていうか。後になっていろいろ事情とかが分かって、後悔するわけですけれども、でもその後悔も認められなくなっちゃう、「だったら初めからそういえばいいじゃない!」とか言ったりして。いや、お前もプンスカ怒って消えて行っただろ?みたいな。

 

でもそこで意地が出ちゃうとずっとやな感じの自分のままでいないといけない、すると自分が寂しいわけです。

 

やらかした後にペロッと【ごめん、ちょっとおかしかった私】とでも言えちゃえばいいんでしょうけれども、なかなか血の気が多い人だとそうもいかず。もしくはそれを理由に「やっぱり私ってわかってもらえない」とさらに被害者意識で自分を守ろうとしちゃったりして。

 

いろいろとあるけれども、一旦持ち上がった激情であれ悲しみであれ、精査することはとても大切です。私もやり切れてませんが、人と対話する時の言葉ってのはほんとに気を付けて押しすぎず引きすぎず、愛をもって発しないといけないんだなと痛感します。

 

これも頭でわかっていながら、今も暴言を吐き続けている自分がいるのですがね。。

 

男性への恨み、という所から今目の前にあるのはなにか【大勘違い】なんだと思います。私はこれをひっくり返すのが異様に怖いのですが、

 

しかし、「本当はこうなりたいのに何でそうならないのか」の自分の中の大パラドックスはどうもここに起因しているのだろうと思います。

 

友達でもパートナーでも、「なんでこんな人と一緒にいるのか?」などと思ってしまうことがありますが、

 

やはりそこには、自分にとって利点がある。私の場合はこれでもかこれでもかと男や社会への恨みをたたきつけ【られる】男性が回りに多いわけですね。

 

ここで「何言ってんだお前」と歯向かわれるような腕っぷしの太い男たちがいたら私はまた自己否定に陥り、自分を責め、弱体化しているのだと思います。もしくは自分の恨みを晴らせず、世を恨みつつ、静かな物分かりの良い人をやってるのかもしれません。

 

なのでそういう風に自分の感情をぶちまけてぎゃーすか言える人に私は聞いてもらいたいわけですね、思いを。

で、相手は聞いてくれているわけです。そんな不条理な私の発言でもまぁまぁと愛をもって受け入れてくれている。

 

しかし私自身はその「まぁまぁ」と受け入れてくれている姿に対して、

 

【男気がねぇ】とか【優柔不断だ】とか、【女だからってひよってんじゃないよ】などと怒っている、という。

 

すげぇ、やな奴だわ、私。びっくりするぐらい面倒な女ですよ。

 

ここねぇ、すごくひっくり返すの怖いんですけれども、自分って幼稚なんだなって思いました。

 

男性が社会で生きて行くうえで「うまくやる」というのはサバイバル術でもあります。出る杭になると叩かれるという現実がやっぱりどうしてもある。だからこそ男同士のポリティックスの方が本当は相当えぐいのですよね。

 

そして、その「うまくやる」という中に、彼らの深いやさしさっていうのも実はある。私はあまりその部分に気づけなかったけれども、男性というのは押しなべて優しいです。わかってるけれどもでもここはじっくりやりましょうよ、という深さもあります。

 

しかし、その社会的なポリティックスの中で感情の抑圧も多いにある、そこでそのストレスを家で女房子供に陰に陽に振りかざす弱さっていうのもあるんだと思います。その部分で「外面だけいいくせに」みたいな恨みが発生もする。

 

だから男も女も社会を生きる上で抑え込んできたものがたくさんあり、それを自分のわかってくれそうなところで流し込んでいるというのは同じ。私の男への恨みっていうのも正当なところもあれば、不当なところもあり、半々なんだと思います。そして私自身の姿も、許せない人もいればわかってくれる人もいる。

 

戦前戦後に女性は家で家庭を守ることが幸せとか、

子どもは良い教育を受けさせないとダメとか、

男女の自由恋愛はダメ、

結婚しないと一人前じゃない

 

こういう概念の萬栄って実は当時の「政策」っていう話があるんですってね。

 

国単位で国民に催眠術かけるようなものです。そうすれば国が急速に発展するから。

 

そもそも江戸時代の日本はすごく自由で性についても男女の垣根とかもなく、母ちゃんも父ちゃんも必死で働いてたし、付き合ったり別れたり、浮気も不倫もホモセクシャルも普通にジャンルとして存在していたらしいじゃん。

 

そう思うとなんかもう笑っちゃう。自分たちが信じてきたものってなんの根拠もない。しかも政策っていう。

 

必死で守ってる概念とか社会常識ってなんの実態もないんですよね。そう思うと私の男たるもの、女たるもの、というのも社会常識と言われる実態のない概念に惑わされ、自分の感覚というものを否定してきたがゆえに出てきているものなのかも、と思います。

 

いずれにしても、感情を抑え思考でふたをしてきたがために私に起っているなんらかの大勘違い大会。どうやら今年の年末に向けてそれが暴かれるようで戦々恐々としていますわ?おそろし。

 

ちょっと体を動かしてまいります。運動して晴らそう。

 

 

ではねー♪

 

 

夏子

 

 

 

 

 

怒りが出ないと気づかない

  • 2018.10.07 Sunday
  • 08:11

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

朝っぱらからおはようございます。

 

昨晩は夜中に走ってみました。チョースッキリ。

 

相変わらず怒ってんすけどww。ね。しかし、体を動かすことで発散するというのは良いですね、家で煮えているより。

 

私もキックボクシングとか勧められたりしましたけれども、人にもよりますけれども怒りってのをエクササイズで発散の方向にもっていくと体が締まる、という効能もあるのでいいと思います。食べちゃう方向にベクトルが動く場合もありますけれども、発散する方向にもっていけると無駄がない。

 

私も過食傾向はありましたけれども、今思うと【食物に食われている】状態だったと思います。ある意味エクササイズがやめられない人と同じ心境で、自分の体を大事にできてない状態、私、というものの存在をかき消してるような。

 

なので根本としては怠惰も過剰な自己練磨も自分いじめ、みたいなものなのですが、どちらもほどほどにすっきりする程度に収めたい、が、難しいところではあるのですが。

 

今、テレビで若林君と南海キャンの山ちゃん、作家の西加奈子さんの対談やってたんですが、

 

面白かったです。

 

【怒り】っていうのはある意味芸術分野でも自分のスキルを磨くにも必要な原動力ですよね。

 

【なにくそ!】という思い。そういうのがないと表現したいものがでないというか。思えば私が20キロダイエットをしたのも失恋がきっかけでもありましたし、何かを勉強するにしても「あいつにだけは負けられん」みたいな負けん気がほとんどです。

 

Cocco, 鬼束ちひろ、Alanis Morrisetあたりのファーストアルバムが秀逸なのは、爆発的な彼女たちの怒りとか主張がもりもりで、

 

私はこう感じ取るんじゃ-!!という表現でパワフルでした。

 

そのパッションにみんなおぉ!と感じて共感をしたからでもあると思います。ですから、若林君ら芸人が、

 

【結婚したらつまらなくなるんじゃないか】と幸せを得ることに対する恐怖を感じる、というのもそういうことなのかもしれません。

 

確かに怒り、というものが収まってくると、角が取れてしまって、「みんないろいろあるんだよね」というような寛容さが生まれますので、「おまぇそれは一体どういうことよ?」と物申すことがなくなってくる、そうなると制作意欲みたいなものは薄れるのかも、しれないです。

 

私のようなパンピーでも、このブログを書き始めていた時は怒りマックスで毎日つらつらと世に対する恨みを書き連ねていて、毎日更新できるぐらいのレベルでしたが、

 

今でもこうやって相変わらず怒ってますけれどもまぁそこまで、みたいにはなってきました。しかし、つまらない人間になった、というよりは幅が出てきたようなものだと思ったりもするので、芸人さんなんかは大きなシフトチェンジを要する場合もあるのかもしれませんね。

 

しかし西加奈子さんがおっしゃってたんですけれども、

 

【結婚したら幸せになってつまらなくなる、というけれども、結婚しても別に幸せにならへんよ】という言葉。確かに。

 

いや、もちろん幸せの総量は増えます。でも同様に苦悩の量も増えるわけで、全体的なVolumeは上がるもののその比率はその人次第ではあると思います。

 

結婚=幸せという概念にとらわれすぎていると西さんも言っていましたが、まさにそう。独身の時に幸せじゃなかったことが、結婚したら幸せになった、ということは長期的に見たら私も「ない」と思います。

 

しかし、結婚した、という事実でかなり楽になることは事実。「結婚しないの?」と聞かれなくなったことに私もすごく安堵したことを覚えていますし、子供がいる、という事実で加齢に対して恐怖がなくなったのも事実。しかし、それはもちろん幸せでもあるのですが、自分のベースが「既婚・子持ち」に変化はしたものの、自分にとって何が幸せか?というものが変わったわけではなく、

 

相変わらず不満は不満ですし、一人だったら考えなくていいことも考えなきゃならなくもなり、一人だったら自由だったことができなくなり、と責任というものが発生して苦しくなったことも多い。

 

しかしそれも全部やってみてわかったことでもあり、外界からのプレッシャーなど気にするな、とは言えません、私もがっつり気になったからこそ結婚しましたし。しかし結果的に幸せかどうか、というのは「今とおんなじ」だと思いますので、どうせ今と同じならば、あんまり考え込まずに結婚したいな、と思ったらしちゃえばいいと思うし、失敗だったと思うならば別れればいいと思うし、そのためには何にどう転んでも自分の選択を尊重できるように自立する、というのは既婚でも未婚でも同じなんだな、と思います。

 

そんなわけで、今の私の怒りは前にもお伝えした通り、男に対する恨み、なのですが、その後いろいろ解析しまして、

 

【男はクズで弱虫】とでも思わないと、

 

【自分が守って貰えなかった理由が見つからない】

 

のが怖いのだな、と思います。

 

最初は「お前らがそんなんだから世の中うまく行かんのじゃ」と【怒り】が面に出ているのですが、やはり怒りは悲しみの表現で、

 

守って貰えなかったショックがあるのですが、しかし、そもそも守って貰えなかったのは私個人が愛されるに値しない女だからなのか?という念があるわけです。

 

しかし、それを表立って感じてしまうと、もう生きてるのが辛いじゃないですか。

 

ですので攻撃して、「自分より弱くて馬鹿なもの。どうしようもないもの」と上から目線でむしろ、ハイハイ私は守ってあげますよ、あなたたち、どうせ弱いんでしょ?とでもしておかないと、

 

自分の存在意気が感じられないのでしょうね。

 

そして私が彼らに向けるクズだの弱虫だのという言葉と同様に、

 

私が彼らから向けられる可愛げがないとか癒されない、という言葉は同等のパワーを持っており、

 

そんなことを言われたら私も「でもだって」を爆発させて馬鹿みたいに怒り傷つくのと同様に、私も彼らの存在意義を叩きのめしているという意味でもあるのですよね。

 

結局私が男性に向けている侮蔑というのは、

 

自分が女性として魅力がない、と自分を侮蔑しているからこその結果なのだ、と思います。

 

しかし怒りとして起こるものはしょうがない。これに耐えてウフフとしなを作って私は一生懸命やっていたらおかしくなってきたので、

 

とりあえずは怒りは怒りとして出してあげて、そしてそんな中生き抜いてきた自分を肯定してやろうと思います。

 

だから怒りっていうのは気づきへつながる非常に便利なツールでもあるのですよ。

 

怒ってる人というのはその怒りをまき散らされると周りは迷惑ではありますけれども、

 

そこに何か問題点がある、ということの目印でもあると思います。ですので自分が怒りを持っている、もしくは誰かから向けられているのであれば、そこに何か大きな気づきのポテンシャルがありますよね。

 

だから怒りという感情にふたをしているとにっちもさっちも前に進まないのですよ。ちゃんと怒りましょう。

 

怒って上等。でもまき散らす前に見るものは、

 

常に自分の内側、ということなんすよね。。

 

はぁ。。

 

 

また書きまーす。

 

 

 

夏子

 

 

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