年末ねぇ。思うこと徒然。

  • 2018.12.12 Wednesday
  • 00:52

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

こんばんは、夏子です。

 

年末ねぇ、いよいよ。子供らももうクリスマスツリーがどうたらとか言わなくなってきたわ。ほんとに子供らしい時期ってあっという間に終わるのね。

 

クリスマスプレゼントがスイッチの課金用プリペイドカードって子が結構いて、世の中変わったわ。。私なんか偉い人の本みたいなのとか文房具とかでしたけれども。それでもワクワクしたものですが、リアリスティックですよねぇ、今の子。

 

こないだのソフトバンクの問題で、私もちょうど娘に連絡しなきゃならない時で子供ケータイにかけても全然つながらず、すげぇてんぱりました。あの時間ってでもお迎え行くお母さんとか仕事帰りのお母さんとかいて結構困ったと思うんですよ、プチパニック。

 

ネット社会とは言えども切断されたら全て無力、っていうのを思い知った事例です。でもどうなのかしら、そういう世の中なのよねぇ。

 

それからもうセーターは無印かユニクロでしか買わね、と思ったわ。なんだそれw。

高いのが欲しいなと思ったけれども、毛玉とか洗濯失敗とかでなかなか難しいわよね、ニットって。てか、3年以上持たそうと思ってみんな買わないのか? まぁでもジョンスメドレーとか10年ぐらい着てるけれども、あれは持つわね。でもギャップの白のセーターも同じぐらい着てるのよ。値段って何だろう。夏子もうわかんないww。

 

貴ノ岩の引退について、なんだかなぁ、と思いました。結局やってやられて、で、親は知ってか知らずか見たいなことなのかしら。でもそれってうちの子の学校とかでも起こってることでもある。

 

‘うちの子は絶対わるくなーい!!’ってやつ。でもこれを主張する保護者の子ほどやらかしてるっていう図は常にある。私もよ。うちの子がそんなことするわけないじゃないですか!と思ってたら主犯、とかいろいろです。

 

だからみんなどんだけ歯を食いしばって頑張ってきてんのか、ってことですよ。漫才の件にしても、ほんと真剣でその努力をわかってもらいたい、でもそれを何となく茶化されたり無視されてるような気持ちになるから悲しい、のですよね。

 

でもやっぱ後ろ側には、【自分たちは馬鹿にされる。人から認められない】って思いがあるからこそなんじゃないでしょうか。言ってる方も言われる方もそう思ってるから、どっちが悪いこっちが悪いのジャッジメントになるんだろうと思います、被害者意識ってやつですよね。

 

でやっぱり被害者意識を持った者同士がなぜだか引き合い、バトルになるってのはあるな、と思いました。

 

体操の件について思うのは、パワハラ問題って結構むずかしいですよね。具体的に金銭や生命に危機的状況があるかないか?でしか裁判とかの上では判断できないのは納得いくわ。全て受け取り方でしかないからさ、本人の。

 

なのでそういった互いにガチンコバトルの場面では私的にはどっちもどっちが見えるし、吠えれば吠えるほどすべからくさわやかに絶賛リターンが来てるのがわかるけれども、

 

一方的にストーカーされて殺されるとか、高速道路で煽られるとか、そういう事例において被害者側にも‘何か引き付ける要素があった’なんてことは考えたくないわね。なんかあんのかもしれないけれども、でもそれって人間である以上納得できっこないわ。スピの限界よ。

 

こないだ女性漫才のWって大会見て思ったんだけれども、

 

私は阿佐ヶ谷姉妹がそもそも大好きなので応援していたので優勝してすごくうれしかったです。あのお二人ってすごく品が良いですよね、口調だけでなく。

 

しかし、女性芸人の方の自虐ネタってのはどうも苦手で。もちろんプロですからそれが喜びで思いっきりやってるのはわかるんですが、

 

女性性で悶絶している私にとってはあんまり自分の容姿や結婚できるできないで笑いを取るのは見ててあんまりおもしろくない。後はやっぱり裸見せちゃったり、へんな恰好したり体当たりも苦手です。同じやるにしてももうちょっとなんかないのか?って思っちゃうのよねぇ。やってもない私が言うのもなんですけれども。「女として」の私の何かがうずく。見てて辛いんですわ。

 

そういう意味では男性の容姿ネタとかもちょっとダメですね、トレンディエンジェルとかアキラ100%まで行くと全然いいんですけれども。

 

同じ女性として“道化”ではないなんか違う形でお笑い界をリードする女性芸人、いないかなって思っちゃう。そういう意味で友近とか清水ミチコとかってすごいわって思うの。ハイヒールとかも。

 

笑いといじめって近いところにあるじゃないですか。パワハラと愛も近いけど。

だから相当頭良くないと芸人ってできないと思うんです。世の中を知って、相手の気持ちも慮りながらもぎりぎりの所でいじる、っていうのは相当クレバーじゃないとできないですよ。

 

 

人間の柔らかい感情のトリガーって、【馬鹿にされたくない】って思いなんじゃないかって思う。

 

馬鹿にされた=愛されなかった=自分の存在を認められなかった=悲しみ

 

っていうのが被害者意識だったり、負けん気だったり、向上心だったり、といろんな感情に変換されると思う。だからその馬鹿にされた経験もガソリンの役割があって、必要なことでもあるよね。そしてそれは根底に【悲しみ】があることに気づくといい経験に昇華できるけど、見ないようにしたりしているとどんどんどんどん ‘お気付きなさい!’というメッセージを携えたヒール役が人生の中でのべつ幕なしに登場して煽ってくるわ。

 

ま、いろいろあるけれども、年末よ。

 

夕飯作って食べてテレビ見る時間が一番充実してるわ。あぁ、今日も平和に終わった、やれやれ、と感じられます。

 

あんまり今まで思わなかったけれども、このような日常で感じる一コマこそが幸せってやつなんだわね、きっと。ありがたい事です。私も年取ったなぁ、言うことが。。。

 

死ぬほど寒くなりましたが、皆様も風邪ひかないよう、暖かい布団でほっこりしてくだせぇ

 

また書くわーん

 

 

夏子

 

 

 

 

 

徒然更新。

  • 2018.12.06 Thursday
  • 11:23

JUGEMテーマ:日常

 

こんにちは、夏子です。暇なんで更新です。

 

そりゃ年末と言えばFNS歌謡祭。昨日も観てたわ〜。

 

ほんっとカッコよかったわ、

 

久保田利伸

 

 

もうさー、なんつの、格が違ったわー。他の人ももちろん良かったけれどもさー。

 

大御所の部類に入られてるToshi様ですけれども、でもあの方みたいに淡々とプロをやり続ける人達、そして今でも偉そうにせず、若い人でもすごいものはすごい!と絶賛できる姿勢、かっこいいです。ピュア。ピュアね。

 

それから沖縄のドンファンことIssaもかっこいいわね、相変わらず。あの人あんまりあたしと年齢違わないのに何であんなに歌いながら踊れるのかしら。

 

女性歌手にいまいち入り込めない私なんですけれども、でも倖田來未は良かったですね。あれはもう倖田ちゃんテイスト。出来上がってる美しさがあります。

 

お好きな人には申し訳ないですけれども、大勢女の子グループは有吉がつけたニックネームの “人だかり” っていうのが頭について素直に観れないのですが、でもあのアイドル決め顔のまま一曲歌い踊り切る姿勢はプロだと思います。できないよね、若い時ってそんなことなかなか。

 

徒然更新なんで世の中的できごとについての感想ですけれども、

 

なんでしょうね、相撲界って相当根深いですね。

 

被害者は加害者になる、っていうのは皆さんもよく感じることだと思うんですけれども、その典型ってか、いじめのスタンダードな構図をみます。より弱いものに流す、流していいという正当な理由を空気が許すというそれ。なので個人的には貴乃花みたいな“厳しくてなんぼ”の価値観の切り離しが貴乃花の相撲界引退で象徴されてるような気がしますけど。

元武蔵丸関の部屋とか平和そうよね。それでいいんじゃないかなって思う。

 

自分の子供の様子見てても思うんですけれども、全然違うんですよ私らの頃と。

 

彼ら全然大人です。ちょっと馴染めない子でも私らの頃のようにあからさまに吊るしあげたりしない。

 

SNSとかでのいじめ、なども言われてた時期があるし、今もそれに悩んでいる人もいるとは思うのですが、

 

息子などがいつかスマホをもってグループラインとかでぐちゃぐちゃやり始めるんじゃないのか?と不安になったりするので、使い方をちゃんと心得よ、と話したら、

 

“めんどくさいものはアプリごと消去でいいんじゃね?知らなくていい事も入らなくていいものもあるから”

 

とまっこと大人な返答で。で、うちの息子だけじゃなくてそういうムーブになってくると思います、私。グループラインとかめんどくせ、って。

 

でもさ、

 

SNSとかインスタとかって時代の流れとは言えども今はまだ危険な要素がたくさんあるよね。ブログもそうだけれども。

 

個人情報がどうとかじゃなくて、コミュニケーションツールなんだけれども、対面的なコミュニケ―ションが取れない、取るのが苦手な人が使うと凶器になって自分も相手もめった刺しになるってケース今は多いじゃない?

 

危険走行してる姿を自分でインスタアップとか。ほんとわかんねぇんですけれどもあれやっちゃう心理が。

 

知らないのよね、社会を。でも、自分とスマホ画面の一対一の世界でおかしくなってる、且ついいね!とかもらっちゃうと【誰かが自分の存在を喜んでる】という認識でエスカレートするのだと思うわ。無知って怖い。人間付き合いを【体感】してないって怖い。

 

でもこれもまた変わって行くのかな。ネット上で第二、第三の自分で生きていてもそれが形になってそれでいい方向に行くのかなぁ。

 

でもさ、発言ってのはほんとに気を配って自分の中にあるものを良く理解してないと、気軽に吐いていいものではないと身に染みるわ。

 

例の漫才番組の上沼さんへのディスりとかもよ。

 

何思ったっていいと思うんですよ。それが本音だし、周りが何と言おうと自分はそう思ったのだからそれでいい。あの現場で友達と愚痴るのもいいと思うのよ、それって女子会でディスり大会を私たち女子がやるのと同じで、吐いて全然いいと思う。

 

でもそれはまず、怒りとして自分で吐き出すのが必要で、まずテンションを落とさないと不要なことを言ってしまって、言ってしまったことをネットに載せたらもうデジタルタトゥーになっちゃうのが昨今なのよね。

 

そしてあの発言は自分の中の価値観に相手を照らし合わせた結果相手を憎んで一方的な感情でもあって、上沼さんの苦労とか背景とかを熟知しているわけではない、つまり無知の状態の行動ってやっぱりやばいのよね。君らの気持ちはわかるしもっともなこともあるだろう、でもそれは‘意見’として世間全体に発するには裏付けデータが少なすぎるかつ感情的過ぎた。

 

でも面白いのが、

 

上沼さん自身も言いたいことを言う人で、匿名だけれども個人的ディスりを番組とかでいったりするじゃない?もちろんそれは彼女の ‘芸’ の一つなんだけれども、有吉とかビートたけしがやってるのと違うのはなんなんだろう、と思ったら、

 

やっぱ個人的感情で相手を痛めつけよう、という意図が見えるからなのかな、と思う。でもあの上沼さんのやってるのはあの世代の女性たちの代弁でもあって、【恵美ちゃんよういった!】と絶賛もされてきているのよ。それは言いたくても言えない、思ってもいけない、そんなことを思うのは人間として女として妻として母として最低なのだ、と思いこまされてきた女性の黒い塊を上沼さんは代弁して言い放ってくれているのね。

 

でもやっぱりきつい。言われた方は傷つくし、嫌われたら最後、みたいな雰囲気は強さ、よりは鎧に見える。

有吉氏とか北野氏はもう一つ賢さと愛、というか言われた本人がゲラっとできる何かでオブラートに包んでいる。

 

だから今回私はこの騒動見て、上沼さん、ブーメランなんだな、って思う。時空を超えてブーメランってホント返ってくる。

 

誰かを傷つけたしっぺ返しは必ず自分に返ってくるのよね。ほんとに。ものすごい時間がかかるときもあるけれども。

 

報復、という【ざまみろ】という意味で言ってるのではなくて、その時自分が発した言葉には絶対に【馬鹿にしやがって!】という痛みが乗っかっている。馬鹿にされたことは悔しいし悲しいのは当たり前、でもその怒りを持ってると、自分は正義だと思っていても他の人の状況がみえてないのに感情でやっちゃうから、いつかまたブーメランで自分に返ってくる。

 

この連鎖は止めたいですよね。無益よ。

 

【ありのままの自分】を表現するときの注意点よね。まぁでも言いたいこと言ってやるー!ってなったときはどうしても攻撃的になってしまうので、必ずやらかす、でもそのありのままの発言を相手に受け入れられなかったことでまた傷ついていくことで、

 

本音は自分自身で理解してあげればよいだけなのだと思います。

 

え、そしたら知らしめられないじゃん!相手は図に乗るだけじゃん!と思った瞬間、それはやっぱり相手からの理解を求めている【わかって!】の気持ちなので、それで自分が求めるアンサー返ってこないのよ。

 

自分で本音を理解してあげられたらもうその場から立ち去るなり、勝手に幸せになるなり、戦わずして納得する状況に持っていけるんじゃないかなと思う。だからそれはすべてを許す聖人君子になれってことじゃないのよ。そっち行くと余計に苦しくなるけど、悲しみを自分でわかってあげたら自分の魂と喜びにだけ突き進む、それやってたら自分を苦しめた人なんて寄り付けなくなりますし、自分も執着しなくなりますよね。

 

絶賛バトルっていうのもありですけれどもね。面と向かって戦うからこそ分かり合えるものもある、というわけで今回の事についてもそうならざるを得ない状況だったのだと思うのでどっちがどっちがって話でもないと思いますが、

 

漫才は笑って楽しみたい。それが私の意見でしょうか。あんまりポリティックスのみで相撲界みたいな感じになって欲しくないと思いますが、私もミキは好きですw。

 

 

そんなわけで徒然でしたが、え、FNSって第二夜もあるのね??星野源と三浦大知、神田沙也加が楽しみだわ???

 

 

ではまた!

 

 

夏子

 

 

 

 

 

 

 

そんな自分が好き。に感じられるといいわね。

  • 2018.12.04 Tuesday
  • 12:32

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

こんにちは、なっちゃんです。うふ。

 

あったかいから年末な雰囲気しないわね。

 

でも夫とか来週忘年会ですって。早くね?までも忙しい時期ですからね、前倒し前倒し。。

 

って前倒しは良いけれども2019春夏ファッション先行販売!とか早すぎね?

 

どうもこの先取風潮によって【今】に居られない感覚が私を襲うわ。なんでもそうですよね、仕事でも生活でも。確かに準備は大切だけれども。

 

子どもが入学したときのランドセル商戦の時にまっことそう感じたわ。1年半前ぐらいに煽られますのでね、昨今。

GWに帰省した時にじじ・ばばに買わせるタイミング、とかいろいろあるらしい。えぐいわぁ。

 

キラキラ装飾とかセミオーダーとか山ほどいっぱいあるので、多分に漏れず私も翻弄されました。結果としてまぁそん時ゃ盛り上がるんですけれども、使い始めたら玄関に投げられ、はじっこを犬に噛まれ、汚れるからカバーつけられて本体の色見えない、そんで今頃になってママ、やっぱりあたしピンクが良かった(# ゚Д゚)!とか言われて押しなべてランドセルって結果No big deal。

使えればいいんですよ、後は軽い方が良いですね。重厚な皮より。イトーヨーカドーとニトリで150点満点。

 

前置きが相変わらず長いですけれどもw。

 

誰かのブログ読んで確かにそう思ったんですけれども、こんな個人的ブログであれ何であれ、文章に落とすというのはなかなかやっぱり覚悟のいることなんだな、と。

 

当初は怒りの爆発口として書き始めたわけですが、自分が変化していく中で今になって思うと不特定多数の人に攻撃してるようなことを書くべきじゃなかったなどと思うこともあります。

 

それぞれ自分なりのフィルターを通して世の中を見ているので、誰からも受け入れられる納得されることなんてのは無くて、

 

何を言っても何を書いても「正解」はない。だからこそ好きに発言してもいいのだと思うけれども、

 

その“受け取り方は様々”の部分で発信するのに畏怖を感じる部分は否めないですね。しかし、それを躊躇して発信しないでいる、それはこんなブログでワールドワイドウェブに載せる必要がないにせよ、例えば口頭でもなんでもいいんですけれども、それもストレスがたまる。

 

なので何かを発したらコール&レスポンス、それは覚悟の上、でもあるけれどもいかに自分の発言に軸ってのが存在するかどうか?ってのが肝なのね、と思うわ。

 

広大な大地に産み落とされて、他の人間というものが一切存在しなかったら、例えば水面に移る自分の顔さえ、それが“自分”であるとは認識しないですよね。ですので、他人と比較してはいけない!とは言えど、絶対的に人と比較したり、何かに照らし合わせないと自分って確認できない。だからほんとは自分って何だろう?って私も思うし、存在してないのかも?などとも思うわけですけれども、

 

いろんな対象比較物の中でここが自分は一番心地よい、みたいな落としどころ、そこを見つけることが軸ってことなのかしらん?と思うわ。

 

承認欲求なのか、自分の好きなのか?という所で頭で考えがちな人はその線引きをしたくなったりもしますよね。これって私の好き!なのかしら、それとも承認欲求???みたいな。

 

例えば会社で働いている、とすると、この人に認められたい、信頼されたい、と思ったら120%の力で頑張れたりもしますよね。もちろん、褒めてもらいたいという見返り欲求もある。

 

でもそれでも、その状態がひゃはー!楽しい!であればいいんですわよ。こんなふうに頑張れちゃってるあたしすげぇかわいい!とかすげぇ頼もしい!とか。そんな自分に惚れてる状態。自惚れって奴ですよね。でも自惚れって必要よ。

 

それがその人に認められなければ自分はダメ人間確定とか生きる望み無し、とかその人に何時か私を認めてもらえないのなら恨みますとか、こんなに頑張って苦労してるんだからわかってよ、状態になるとちょっと闇ですよね。

 

なんでこんなことしなくちゃなんないの、とかなんでこんな奴の言うことに従わなくちゃならんのよ、とかなんでこんなクズと別れられないのか、っていう思いの先に “孤独になったら寂しい” ってのがあります。

 

友達とかもそうですよね。すごいめんどくさい相手なんだけども、切れない。それは取り残されて一人ぼっちにされるのが怖いし寂しい、孤立したくない、これを失ったら自分の世界真っ白け、みたいな怖さがあります。

 

孤立と比べたらこいつらでもいた方がまし、とか、ここを辞めたら真っ白無職、とかどうしても最悪のケースを前提に比較してここに居なければならないんだ、としてしまうんだけれども、

 

そうでもないのよね、世の中。オプションいっぱいあるんだと思います。それしかない、ってことはない。

 

孤立と孤独って違いますよね。うまく言えませんが。

 

しかし、本当の仲間って孤独の先にいると思います。星野源が“恋”でも歌ってるように、夫婦を超えていけ、二人を超えていけ、しかしまず一人を超えていけ、みたいな感じ。

 

対象物と比較しつつも、ここが一番心地よいスポットをまず自分だけで見つけてそこで根付いた後に、

気の合う仲間とかパートナーとかそんなものと無理なく付き合えるのかなと思います。概念的ですけれどもね。

 

求められてなんぼ。仕事なんて特にそうだし、

人生の楽しみなんて人に求めてなんぼ。こうなったらいいな、ああなったらいいな、もその先に誰かこの人からもらいたい!というターゲットは必ずいますよね。

 

しかし、そこに全身全霊預けちゃって“あなた次第”になるととたんに人生はダークサイドに堕ちる、その匙加減が難しいですよね。

 

とりあえずまずいかに一人が楽しめるか、よ。

 

でも一人を楽しめると、なんか得意なことがわかってくる。なんでも得意げにできることって楽しい。

 

得意なことをやってたり、一人でも楽しい時間があったりしたうえで承認欲求を満たしてくれる人との関わりがあるとなお楽しい。だからこそどんどんどんどんやっちゃおう〜♪となる。人生が走るのよ。

 

何が言いたかったのかよくわかんなくなりましたけれども、承認欲求か本音か!!とかズバリ短刀突き付ける必要もなく、

 

なんかよくわかんないけれども翻弄されてようがどうしようが、そんな私ちょっと好きwwぐらいの軽いマインドが一番健康なんじゃねーかと思った昨今でした。

 

一昨日ぐらいからジョギングしてるんだけれども、帰ってきたら疲れてずっと昼寝しちゃってて。

で、目が覚めたら腹減ってドカ食いしてて。全然何にも前に進んでる気配がないんですが、でも無理やりエネルギー消費しようとして翻弄されてる私、ちょっと好きwってことにしておきます。

 

ではね〜ん♪

 

 

夏子

 

 

 

 

 

 

 

 

もういい。が迫ってるわね。

  • 2018.12.01 Saturday
  • 23:28

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

お久しぶりです夏子です。

 

パソコンに自分の為に向かう時間がなかったのよ最近。仕事とか勉強で向かってはいたものの、それ以外の時間があんまなく。

 

12月ですよお父さん。ええ、もう12月師走ね。あったかいからもうすぐ春になんじゃねーかと思ったりもするけれども。

 

今年は例年より熱いだの寒いだのってもう例年と比較すんのも疲れますよね。いいじゃんべつに。Global warmingだからいろんなこと起こるのよ。農業とかは大変だと思います、でもだからこそ気温や天候に左右されない技術開発を進めるしかないんだろうね。

 

いよいよほんとの自分を生きる時代になる!と言われ続け結構な時間が経ってますけれども、でもあたしなんだかほんとに今度こそいよいよな感じがするわ。

 

こないだ歌番組見てていろんな曲の歌詞をアイドルからベテランまで見ながら聞いてたんだけれども、

 

なんか全部そんな感じよね。もういいじゃん、他の人とか常識とか。いい加減自分の魂を生きようぜ!みたいな歌ばかりなんだなと思いました。

 

今までもそうやって来たけれども、どこかおっかなびっくりやってたと思うんですよ。それとか準備不十分でうっかりスピとかやっちゃって自爆とかもたくさんあったと思う。自分もその類の一人ではあるんですけれどもね。

 

しかし、もう自分が怯えてようが何してようが、いろんな後押しが迫ってきてるんじゃないかと思います。今までと同じようにはできなくなってきた。私自身のライフでもそんなことばっかり発生しています。今まで通りにやろうとすると足をすくわれて、なんでやねん!と思うけれどもよく考えたら、あれ?そういや別にこんなこと頑張る必要ないよねー、みたいな。

 

貴乃花夫婦の離婚を見ても、なんかそう思いました。河野恵子さんって人はものすごいエネルギーの人でクリエイトしちゃう人だと思います。

 

でも、貴乃花の奥さんがやれたぐらいですから、彼同様、非常に自分に厳しく、規律を重んじて従わなければならなんだという真面目さがあったのではないかと思います。でももうそれもやり切った感を感じますよね。

 

羽ばたいちゃえばいいんだと思いますわ。そうなるとほんとの河野さんの個性が爆発するんだと思います。やり手ですよ、彼女。

 

今、オランダの話をテレビでやってたんですけれども、

 

なんか国がもう大人ですよね、あそこ。もちろんそうでない人とかついていけない人もいるとは思うんだけれども、すごくまとまってるというかなんというか。

 

彼らの教育とか見てたら、きっと日本の教育なんて意味わかんないんだと思います。そんなに自由に個人に合わせてやってたら社会に遅れてダメな人間になる!とまだJapanでは言われそうですが、結果彼らのようなパーソナライズされた教育で個性を重んじたやり方で幸せに生きている人がいるのでグーの根も出ないわね。

 

そういう意味で感情を殺して精進精進、ってやってる相撲界って相当に特殊。伝統だ時代遅れだとかじゃなくて、もうそういう特殊なカテゴリなのよ。これを現代風にアレンジするのはかなり難儀。そういう意味で貴乃花はいろんな爆弾をぶっこんでくれるので、革命児ではあるのだと思うわ、よくもわるくも、ね。

 

話変わるけど、

 

 

こないだ近所の友達と話をしていた時に、

 

なんであんなに子供が幼稚園ぐらいのときって無理に周りと一緒に行動したり表面的な話で無理に盛り上がったりしてたんだろうね、って話をしました。

 

よくわからんアドレナリン出た感じできゃっきゃやってたんですが、

 

まぁ、不安だったんだよね、って。初めての子供でこの子がちゃんとうまく生きれるように親もネットワーク作って頑張んなきゃ、って一生懸命だったよね、と。

 

でももう小学生も高学年になると、子供自身の世界が出来てきて、親はあんま関係なくなる。大きなお子さんがいるママさんたちが何かドシッとしていて、あまり細かい事に首を突っ込まない様子を昔は見ていて、なんであんなに落ち着いてるのだろうか?と思っていたけれども、

 

みんなそうなって行くのですね。彼らも経験したからこそ、あぁ、若いお母さんたち頑張っとるな、と生暖かく見てくれていたんだろうな、って今になって思います。

 

そう、経験なのですよ、何事も。

 

今、またしつこく通訳の学校に週末通ってるんですが、相変わらず私はダメな生徒ではあるものの、でも少し【向こう側】がみえてきた感じがあります。

 

向こう側、というのはなんかこうふわっと少しランクアップしたんだと思うんですね。以前は冷や汗だしてひーひー思っていたことがすーっと理解できるようになった。

 

勉強やスキルだけではなくて、そういうことってありますよね。自転車に乗れるようになった瞬間のような感じで、一旦乗れてしまうと乗れてなかった時の無駄なアクションについて、あれ、なんでこんなことがわからなかったんだろう、というような感覚です。

 

ブレークスルーってやつでしょうか。

 

振り返ると、今まではちょっと難しい言い回しとか単語とか聞き取りにくい発話とかがあると、わかる訳ないじゃねーか、きっとプロでも無理だよーとか、わからないのは私の知識がないからだけ、なのにいろんな理由や言い訳を付けてそんなことないもん!っ突っぱねてたところがたくさんあって、それが態度にも出ていて、英語の仕事もストレスしかなかったんですが、

 

今思うと、わからない自分、とうのを受け入れられなかったんだなと思うし、常に常にパーフェクトでいなければならないと思って自分を追い詰めてたんだなと思います。

 

でも自分を見つめる時間を何年も取っている中で、今の自分の現状を受け入れているうちに何となくフワっと楽になってきたのは、全体としてあると思います。

 

目の前のことに集中し一生懸命やって、ありのままの自分の状態を許し、受け入れる

 

これだけなんでしょうね。その連続の先に、自分では気づかない当たり前だと思うその自分の姿が、

 

他の人からは私の“個性”であったり、“スキル”であったり、人間らしさに見えるのでしょう。

 

なので、スキルのある人間になる、個性的な人間になる、誰からも好かれる人になる、とかいうのは、

 

無個性への道まっしぐら、で、苦しいのね。

 

までもいよいよそんな苦しさにおさらばしたくなる時期に来ているのね。

 

私もYouもよ。覚める、覚醒みたいなものかもしれませんね。みんなでお目覚め〜しちゃいましょう。

 

まとまりませんけれども、また書けたら書きます。ウー眠い。。

 

 

ではではね!!

 

 

夏子

とりっぱぐれてきたので。

  • 2018.11.21 Wednesday
  • 16:39

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

こんにちは、夏子です。

 

子どもがたくさん来ていてうるさいので二階に避難しています。自分の部屋って欲しいよねやっぱ。

 

なんか・・・・いろんなことがたくさん起こってどっから・・って感じですけれども。

 

DJあおいの 

 

これね。これね。まさにね、これね。

 

1人で頑張って生きていると、甘えられなくなりますね。

 

1人で頑張っている、という【私こんなにこんなに頑張ってますけれども?】というアピールで相手の同情と尊敬、そしてあなたをそんなに頑張らせて私が悪かったのかしら?という罪悪感を相手から引き出そうとしているわけなので、

 

にわかに誰かにお願い♡なんて言えないわけですよ、もはや。

 

甘えるなんてもう【敗北】に近いし、

 

その敗北を甘んじて受け入れて人にお願い、といったのに拒否られたらもう目も当てられない、だから怖くて甘えることができないんですよね。

 

でも【私だって頑張ってるんだから!!】というストレスは自分と同じ努力をしてない、自分ひとりでやろうとしない人に向かって怒りとなって投げつけられるのです。子供とか夫とか。自分が一番わかってほしいと思っている人、またわかってくれて当然と思える相手、つまり甘えやすい人にぶつけるのですよ。

 

これがいわゆる「とりっぱぐれたものを取れる人から取ろうとする」ことで、ついついやってしまいます。

 

しかし、自分ひとりでなんでできないの、なんで私の手間を取らせる!という怒りを子供にぶつけていると、

 

自分の子供も自分のコピーになり、誰にも助けを求めず一人でやり遂げ、同じようにとりっぱぐれた人間になるのですね。

 

確かに、

 

人に頼れる人というのは、人に頼られてもそれが当然の事として、いいよ!わかった大丈夫やっとくよ!と言えるのかも。

 

とりっぱぐれてないわけですよ。なのでいろんな人に怖がらず協力を求め、自分もいろんな人から協力を求められたら躊躇なく提供できる。そしてその半径がどんどん広がり、与えることも受け取ることも非常に上手。

 

しかし、とりっぱぐれているとその(満たされてない)エネルギーから、

 

人に協力を要請ばかりしているけれども自分は指一本動かそうとしないやつとか、

 

頼んでもいないのに一人で動き回って、その後なんで私の周りは感謝のかの字もねーんだよ!と一人むくれてる人とばっかり遭遇するんですよね。

 

だからもう与えるとか尽くすとか、

 

ホントはとりっぱぐれてるのに、自分は悪い人間、出来てない人間だから頑張って尽くせる女にならないと、とかやってると病気になりますよ。

 

一昔前はそうやって自分いじめが上手な人がいい女、いい妻、いい母であると男尊女卑の世界で言われていましたけれども、

 

その末路の皆さんの現在のスーパーとりっぱぐれっぷりをご覧になったら、いかにそれはFalse data、Misconceptionだったことにお気づきかと思います。

 

ホントまずは自分。まずはフルフルに自分を満たさないと、

 

周りにある“愛”にも“ある”にも気づけないんだなっていうのを最近痛感しました。

 

 

私がとりっぱぐれている分を怒りに変えて取り返そうとしてぶつけるのはうちの夫が標的No1なんですけれども、

 

まぁほんとにこんな無体な要求を突き付けられるよな、ってことを言ってしまいます。

 

その後ほんとに後悔はするんです。なんて嫌な女なんだろう、と。でも、“でも、だって”が出てきて本人にはなかなか謝れない。

 

とりっぱぐれているので、まずは取り返そう、として自分を棚に上げてアレコレ要求を突き付けてしまいます。

それに答えてもらえないと、なんだこいつと見下げたり、ひどい人間認定して、自分を被害者に仕立て上げ、といろいろやりますね。

 

ベースが “取り返そう” なんで、無償で何かを与えるなんてもってのほかなんですよ。子供ならまだしも、夫にはなかなかそこまで自分の中のストックが持たない。むしろこの不条理な言い分ですら理解するのがお前の仕事じゃ、ぐらいのことを考えちゃうんですね。

 

なので全て損得勘定になって、やってくれた、くれてない、私から取ろうとしている、ほんとはこう思っているなどといろいろ今井ネーションして一人で不安になったり怒ったりするのです。

 

でも夫はたぶん私ほどとりっぱぐれてはいないし、

 

私が疑心暗鬼になってるような事について、それほど取った取られたとは思ってないし、むしろ素直に受け取って喜んでくれりゃいいのにとだけ思ってるのだと思います。

 

なのでね、ほんと一人芝居。一人ヒロインですよ。そんなことばっかりやってんだな、っていうのをこないだ気付きました。

 

私のとりっぱぐれ意識は自分のお金の使い方にも表れてるんだな、って思います。

 

人にあんまりお金使いたくない、っていうか。いや、まったく使いたくないっていうか。

 

使うのであれば、その人にそれを与えた時の見返りとか、社会としての礼儀とかそういう側面で相手の気持ち。。よりも自分への投資みたいなところが多いかな。

 

もちろん仲が良い友達とか家族はちょっと違いますけれども、

 

自分以外に使うお金はすごい渋ってる方だと思います。まぁでもそうじゃない人もそんなにいないと思うんですが。。

 

自分にばっかり使っているものの、その内訳自体はその時の気休め、みたいなものばっかりに使ってもいますね。だからそんなに目的もないんですよ。

 

でもなんか、

 

私の周りには全部必要なものが揃っていて、あげるよ、と言ってる人も周りにいるのに、

 

イヤイヤ足らん!でも人からの施しは受けん!お前はそんなこと言って何をわしから搾取しようとしてるんじゃー!!

 

とかってなってるの自分だけなんすよね。

 

すっげぇバカバカしくなりましてね。なにやってんだろ、俺みたいな。

 

被害者意識なんですね。もうそろそろ薄まってると思っていたのに、相当な被害者意識がまだある。

まだ、私は自分を責めていて、全ての責任は私にあると思っている。

 

そのあたりまた救ってやらねばなと思います。

 

でも、

 

社会的には謝罪が必要な時にちゃんと謝れたけれども、

 

自分のとりっぱぐれ分を回収しようとしていた相手に対して“ごめんね”というのは、なかなか難しい。

 

今更引き返せないですからね、今まで絶賛自分が被害者だったのに、相手にごめんね、なんて。

 

でもその“ごめんね”が言えて、とりっぱぐれてる自分に気づくだけで、

 

周りには何も起こってなかった、自分が全てドラマに仕立て上げてたことがわかるんだと思いました。

 

ちゃんと謝りました。はい。謝れるような自分になれたことに少し感動しました。うん。

 

しかし、こういうのってもちろん親子関係にも起こることだけれども、

 

やっぱりパートナーとの関係ってすごい濃いですよね、ソウルメイトっぷりが。磨き合うっていうかとりあえず濃いっすよ。

 

ドキドキはやっぱり3年も経つとなくなります。でも、そっからがむしろスタートで、

 

お互いクソ真っ黒けのどす黒いところが出てきます。どんなに気を使っていても出てきます。心を開けば開くほどでてきます。

 

結婚はいいものか?と言われたら、

 

喜びも大きくなるけれども苦悩も大きくなり、

 

喜びがはっきりするけれども苦悩もはっきりするみたいな感じで、

 

喜びの明度、総量は増えますが、その分バランスするがのごとく反対側もあり。でもそれが感情という意味で人間として経験すべきことなのかもしれません。

 

夢のない発言ですが、結婚は修行だと思います。いい意味でも悪い意味でも。

 

黒いものが出てきた後に、どちらも被害者のままだと分かれるんでしょうね。そんな瞬間山ほどあります。

 

でも私らの親の時代は黒いものを出すことを禁じ、被害者なんですけれども!というのを訴えることすら自分に禁じていたのでね。

 

すげぇ時代っすよね。拷問。

 

でも夫との関係でレビューしておかないともれなく子供に移行するのでね。

 

カルマってあると思います、個人的には。その人と出会う意味、見たいなさ。

 

男女関係だと大体前世の繋がりありますよね、リーディングしているとわかります。

基本みんな前世での関わりがある人と繋がってるんだろうな。

 

そんなんで、自分がイカ墨チャーハンぐらいのどす黒さをまとってることに気づき、そんな私を自分で励ましていた一週間ぐらいでした。いろんなことあんなー、今年・・

 

 

まだまだ書きたいことがあったんだけれども、買い物行くから終わりにするわ。

 

 

ではねーん♪

 

 

夏子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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