楽と楽しい。

  • 2017.10.13 Friday
  • 23:21

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

こんばんは、夏子です。

 

ちょっとお久しぶりんこかしら。眠くて眠くて起きたら煮えての日々だわ。

 

バイザウェイ、

 

ユノ(東方神起)

 

 

おかえりなさいユノ@ミューステ。

 

兵役ご苦労様。そしてカンバックした時の仕上がり具合によってはもう復活ないかもなーなんてちょっと思ってたんだけれども、

 

ガッチガチのGood ビジュアルで戻ってらしたわ???ちょっと痩せすぎのようにも見えたけれども、絞ったのかしらね。

 

改めて東方神起ユノ様のお姿を見て思う。男らしい。あと、ファンならご存知、この方中身が男らしすぎる。責任感ね。

 

世の女達の「男はもっとこうあって欲しい」という男性の理想像の煮凝りみたいな人だったのね。

 

あぁ、早く新曲が聞きたいわ。ユノおかえりちゃん。カンバックしてくれてお母さんちょー嬉しい。

 

そんな中、

 

DJあおいのブログを読みふけってしまったりして。面白いですね、DJあおいさん。

 

ゴマブッ子よりもある意味もっとキツイですけれども、おっしゃることはもっとも、いやほんとに至極もっとも過ぎて困る。

 

もっともなんだけれども、そうもなかなかいかないじゃないっすか、というところをわかってもらいたいのだけれども、

 

いやそりゃわかるけれどもいつまで「楽」してんの?という問いかけのように聞こえてなりません。

 

彼女の言葉の中に、

 

楽することと楽しむことは違う、というような書き方があります。

 

怖いから切り開かない、何事も無かったようにすることは「楽」だけれども、それでは先に進めないし、

 

楽しんで何かをやる、というのはものすごく勇気がいるけれども本心が求めているものはそれである、という。

 

恋愛でも仕事でも、人間関係でも同じですが、

 

楽して生きることの後ろには「嘘」が大体存在していて、相手も騙していますが何より自分を騙し続けているという実態がある。

 

コアな問題について相手と如何に話し合えるかが要なのですが、それってなかなかどうして出来なくなる場合がある。

 

またその話し合う、にしても自分の気持ちを如何にわかってもらおうとすると罵り合いにしかならないので、

 

どのくらい相手の話を聞く余裕があるかどうか。それがないと建設的な話し合いは出来ないのですよね。

 

相手の話を聞く余裕がある状態と言うのは、まず自分の言いたいこととか主張したいことの真意を自分で理解しているかどうかが重要で、

 

自分の状態をわかっておらん状態で相手になんとか「私は正しい」と証明してもらおうと思っても平行線なだけなのですよね。

 

相手の存在が近ければ近いほどその話し合いと言うのは本当に難しく、

 

例えば家族なんてのはその「言わずもがな分かれよ」合戦であり、自分が態度で示した自分の本心を相手が汲み取ってくれるかどうか?に命かけちゃうのでその手段としては「無視」が一番効果的と考えてしまったりします。

 

当たり障りなく、何事もなくを装った無視。本心は辛いですが、日々の雑多な用事などを行っていると、ま、これでもやっていけるかなみたいに寝る前に、はい、そういうことで今日は終了!とケリをつけて終わらすようなこと、誰しも経験はあるかもしれません。

 

腹の底ではどよーんとした苦しい思いがありつつも、嘘をついて自分を騙して何事も無かったようにしているのは「楽」な状態であり、

 

まったりとあぁこのままこんな感じでこの仕事やっていけば良いかな、とかこの相手とまったりと続けていったら良いかな、とか対して面白くもないけれどもこの連中とつるんでいたらいいかな、と、

 

楽=自分が求めている状態

 

と錯覚してしまったりしますね。

 

しかしこれはすっかり自分を諦めている状態でもある、と。

 

若いうちはそうやっておしなべてコップの下の沈殿物があってもなんとか上澄みをすすってやっていけるのだけれども、

 

年を重ねると溜まってきた沈殿物の硬さや味の濃さに耐えられなくなってくる。

でももうそれでいい、としてしまってる人も多いよね。

 

それも1つの生き方だと思うわ。何も悪くはない。

 

ただ、自分的にどうよ?と問われると、やっぱりそれだと納得できないんだろうなと思う。

 

が、

 

じゃぁどうしたいのよ?と問われればよくわかんにゃい、というまったり感の中にいます。

 

プロローグなげーわ?ごめんなさいね!

 

どこかの記事でお医者さんのインタビュー記事があったのだけれども、

 

臨床の場でもうすぐ死期が訪れているひとに何人もあってきたけど、ほとんどの人が、

 

「もっと楽しく、思いのままに生きればよかった」

 

って言うんだって。そうだろうなって思う。

 

スピリチュアルなんてやってるとどんどん自分を発見してしまいます。

 

発見していけば行くほど、その前の段階でこれが正しい!と思って選んでいた道が本心ではなく自分を守るための自分についていた嘘であったことにも気づいていって、こんなになるんだったらむしろ気づかずにぼんやり悩んで生きていればよかったんじゃねーの?ともたまに思います。

 

しかし、それらの嘘の自分を経験したからこそ苦しくなって自分の内側を見て、そしてちょっと怖いけれども道を開いていくという

 

ことがそのものが私の人生で何らかの目的に向かっているプロセスそのものであって、

 

よくわからんが順序を踏んで事は起っている。こんなブログを今日ここで書くことも含めて。

 

なんでどうにもこうにも勝手に導かれており、全てはどうやら繋がっているとしか思えないという結論に至るのですが、

 

今日も私は細かい事で何をするべきか、するべからずか、についてじっと悩んでおります。。。

 

明日はちょっと法事で忙しいです。さむそー

 

 

夏子

 

感情→気付き→感情→理解

  • 2017.10.09 Monday
  • 15:57

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

こんにちは、夏子です。

 

三連休皆様いかがお過ごしでしょうか。私は野球で一色ですが、何か?(いや、キレなくてもいい)

 

みっちーみちよさんにもお会いしたりして今ベロンと何かをめくっている最中なので、感情的にはグラグラしている昨今です。

 

面白いもので、

 

何か自分が作ったフィルターに違和感を感じる、つまり今までの思い込みを持ったままだとどうも苦しいぞ?って言う段階になると、

 

すごい被害者意識が出てくるのですね。

 

だってしょうがないじゃん、とか私がこうなったのはあの人のせいだし、とかまたこれが事件も起こるのですよ、腸煮えくり返るようなことがね。起こる、というかむしろ自分で仕掛けちゃうのかもしれません、反撃に出ちゃうというか。

 

思えば私の学校校長に対する怒りの一連の事件などもどうも今思うと私の男性性・女性性での圧迫された思いなどから自分で起こしたことのような気もします。ま、どう考えても起点は私だな。

 

そこから、

 

色んなメッセージが入ってくる。自分でみちよさん始め他のヒーラーさんに「これってどーいうこと?」と聞いたこともあれば、

 

さらっと友達が送ってきたメールなどからあ、ソゆこと?みたいなインフォが入ってきたりして、

 

ほら気づけ気づけ、と焚き付けるような感じでいろいろとメッセージが降ってくると私は思います。

 

一応謎は解けるのですが、

 

その後にまた感情の部分で揺さぶられる。気づいたのね?じゃぁほらこういうことでも感情揺さぶられるでしょ、とか色んなサンプルな事象が起こって、さぁここで気づいたあなたとしてはどの角度からこれを理解する?みたいなおためしステージみたいなやつ。

 

今、私としては多分そこにいて、メラメラとしたりメソメソしたり、あーそっかーと安堵してみたりとこの段階は段階で結構キツイ。

 

なんとか頭で、「これはこういうこと。だからつまりこうすればいいの。ハイ、終了!」と片付けてしまいガチだし、往々にしてそれを私もやろうしてしまいますが、

 

ここは辛くても感情に浸りきるほうがどうもよいみたいです。針のむしろみたいな感じでヒリヒリしますが、あーーーほんっとこういうのムカつく!とか、人の言葉でものすごく傷ついてみたりとか。で、傷ついてるわー私。。ってのをとことんやって、

 

よっぽどしんどかったのね、私。っていうのをねぎらう。すると、

 

少しづつ腹が据わってくると感じます。

 

これが終わるとだいたい、

 

すごく重大で逃れられないことだと感じていたことが、少しづつライトに感じるようになる。完全には払拭出来ませんけれども、ま、一言でいうと少し元気になるのですね。

 

元気になるというとフィジカルな感じだけではなく、

 

心身ともに元気になるという感じ。やる気が沸き起こるというよりは文字通り「生き生き」する、今までより自分を生きてる実感というのが感じられるのだと思います。

 

元気ない時とか感情の整理がつかない時に無理ぐり頑張ろうとしてもから回る。ま、それも無駄ではなく、から回ったからこそ「これは違った」と実感出来るわけでもあるのだけれども、

 

一見無駄とか苦しいだけと思われる事柄も、そこを通らないと周りの人はともかく自分は納得行かなかった、ということで、あって然りのプロセスなのだと思います。

 

プロセスプロセスと言うけれども、

 

一足飛びに言ったほうがいいじゃん、あんまり道草くってられねーわ?と感じるし、私なども「まだなんかあんのかよ」と途方にくれる質でもあるのですが、

 

みっちーみちよさんにも言われましたが、

 

「一個一個感情のエリアで落とし込んで自分で完全に納得しないと嫌なんですよね」ということで、私はそういう言うなればタイプなのかもしれません。

 

サクッと理解まで行く人って言うのはいるのですよ。それはお客さんを見ていてそう思います。

 

心のフィルターに少し触れるだけで、「あ、そうか、そうですね!」とほんとにね、そこでスッキリしてガンガン行く人もいます。

 

そうではなく、いくつもの感情の層を一つ一つ見開いて、じっくりと対峙する方もいて、

 

これは良し悪しではなくてその人の在り方、であり、タイプの差としかいいようがないと思います。

 

じっくり型の人は人の複雑な心の層を理解していくと思います。でも思うに、そのように理解する方はヒーリングだったり医療の分野だったり、子供関係だったり、と何らか人の複雑な心に寄り添う分野に携わっていたりもします。なのでその人の人生にとって必要なプロセスなんでしょうね。

 

サクッと行くタイプの人はビジネスマンだったりパフォーマンス分野の人だったり。そういう傾向があると私は感じます。早い動きで表現することに何か意味があったりね。

 

なので善悪は人間が作ったフィルターですので、どちらがいいとは言えない。でも世の中色んなヒーリングとか啓発とかあるよね。

 

私はじっくり感情に浸ることしか理解を深めないタイプなので、みっちーが言うように心で経験したことが全てだと思う派だわね。

 

最後に感情に向き合えるかどうか、かしら。

 

とりあえずはそこに立ち向かうのが怖いから、札貼ってみたりとか念を送ってみたりとか色んな方法はあるし、どれも一助ではあると思うけれども、

 

最後は人間として感じたこと、を向き合えるかどうかでリリースが始まると私は思う。色んな意見があるとは思うけれどもね。

 

感情に向き合うって何なのさ?って言うのはさ、

 

いじめられた経験があって傷ついた思い出がある人が、世の中でいじめ自殺みたいなニュースを聞いた時の感情のゆらぎみたいなものを噛み砕けるかどうかよ。

 

無視無視!としているか、

共鳴しちゃって泣き崩れるか、

いじめた相手を攻撃してやる!と感じるか、

そのくらいのことで死ぬなんて弱い。私は乗り越えたんだからガンバれよ、と人に厳しくなるか、

 

色んな種類の感情があるけれども、いずれにしてもその時の気持ちって

 

すっごいざわざわヒヤヒヤイライラして苦しいじゃない?

 

そのイヤーな「あの」感じ。それを人って感じたくないから、

 

なんとか遠くに押し出そうとするんだけれども、ガッツリ手元において「なぜざわつくのか」を見て、本当はそのような思いに二度と浸る必要がない自分であることをわかってやらないと解決しないのよね。

 

とにかくなんとかあの辛い思いを二度と自分に感じさせないように頭で人を責めたり自分を責めたりすることで無かったこと、もしくは取るに足らないこと、考えても仕方がない事として処理してしまうことでなんとか自分をサバイブさせようとしちゃうのよね。

 

だから私も結局のところキーは感情だと思うわ。私はね。そうじゃなくてもOKだという説もあるし実際そういう信念があればそれで正解だけれども、

 

この言うに言われぬモヤモヤと悲しいような切ない気持ち。このThe 人間感情が人間たる所以で、

 

その上の段階で生きることも可能だけれども、私はとりあえずこの感情の人間界でじっくり経験したいらしい。。わね。めんどーですけれどもね、いろいろと。

 

10月もたけなわ。なんか今年ももんもんと過ごしてきてしまった気もするけれども。。皆様も風邪など引かないように。。

 

 

また元気になったら書くわー。

 

 

夏子

 

男性性と女性性。みちよさんとの会話より。

  • 2017.10.06 Friday
  • 23:43

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

こんばんは、夏子です。

 

先日みっちーみちよ姐さんとお会いしましてね。いろいろとお話してきました。

 

で、男性性、女性性と今の私の状況について伺って、面白かったです。

 

パーソナルな話はここでは書けませんが、ざっくりと彼女との話の中で聞いて納得したことを皆さんにもシェアするわ。

 

私の中で「女性であること。しかもこのジャパンで女性であること」に対する怒りとか悲しみは綴ってきました。その話をすると、みっちー曰く、

 

それも今私の中のフィルターを外すプロセスの一貫で、気付きが起こってるときにはまず人間としての感情が溢れてくるからそれを一つ一つ見開いているので苦しい状況ではあるけれども、気付きから理解に進んでいく段階なのよねーってことで。

 

みちよさんは(ざっくり要約よ?)、

 

「夏子さんは私とすごく似てるんだけれども、魂の質として男性性、女性性のブレンドとして、男性性って言うものをガッツリ持ち合わせている。元々ね。でも今回はその真逆の性をしかも日本という場所で経験してきている。それは自分が選んで来たものでもある。だから今回女性性を開花して女性性を高めたいのだけれども、色んな摩擦がある。」

 

「今は自分の女性性って言うものが傷ついていると自分でおっしゃっているし、その通りなんだけれども、実は自分の男性性って言うのもすごく傷ついている。そこを見てあげて欲しい」

 

ということだったのね。つまり、

 

そもそもすぴおっさんと自分で言うとおり、自分で自覚しているように私の中に男性性ってかなり確立してるんですよね。後付けで培ったものもあるけれども、本質的に持っている。それは何事にも自分が責任を取る、とかその場を仕切る、とか前にでて戦う、とか弱いものを守る、とかそういういわゆる「男気」的なもの。

 

でも今回女性として生まれて、その男性性を出そうとすると叩かれるわけです。大体生意気な女だとか男勝りだとか、自分としては至極まっとうな主張しかしてないのに、「怖い」とか女の人らしくないなどという反論を食らって、私の中の男性性と言うものを素直に発揮も出来ない。そこにまずショックがある。

 

かと言ってでは女性性に憧れるのか?というと、みちよさんいわくそれは夏子さんが自分の母親を見て感じてしまったことなのだけれども、

 

日本の女性、昭和の女性が人に尽くしたり意見を言わなかったり、自分を後回しに「せざるを得なかった」状況から自分を無力化してしまっている状況も目の当たりにしている。働くスキルがない、家事は女の仕事だ、嫌なことがあっても耐えるのが女だ、と言った昭和枯れすすき的な心境。そしてその中で必死こいて生きてるけれども、社会的にはスキルもなく、仕事もなく、わからないことは男に聞かなければ自分で情報をキャッチすることもままならないという無力さ。可愛がられ囲まれてないと生き残れないという現状。

 

そういうのにも心底がっかりしてしまっていて、今回女性で日本人で生まれてみたものの、えーーー女ってこんなふうになっちゃうの?女なんてやだー!というショック。じゃぁそんなのになるもんか!ってなって私は自分の男性性をおおいに振りかざして日本刀片手にざっぱざっぱ腑抜けた男どもを切ってもいるわけだけれども、それをすると「女のくせに」と言われる。社会的にもね。

 

だから自分の女性性も男性性も滅多打ちになってたわけよね。

 

もし、私の母親が家事も仕事も進んで1人で生き生きとしているサンプルだったらそういう心境にはならなかったかもしれない。でもそれはもちろん母が悪いわけじゃなく、あの時代の典型的な女性のサンプルみたいな母の娘ということで経験するべくしてしてきたものでもある。

 

今の私は男性性である「責任を取る」という要素、それがとても強い。

 

それは皆をハッピーにしないといけないという愛でもあるのだけれども、全部の尻拭いを私がやらなきゃならない、という男気でもあって、

 

それは一見美しいけれども、本来水のようにいろいろな場所で形を変え、様々な場所でそれと調和して活きる女性性とは真逆の性質でもあり、

 

女性としてその「責任を取る」要素を全うしようとすればするほど、「私のせいでこんな風になってしまった」という自虐にもつながって、結果として自分も含め皆あまりハッピーじゃない。。という。

 

なんとか全ての状況の尻拭いを全部自分でしなければ、と私は確かに思っていると思う。それは家族や仕事場や友人関係において全面的に私は責任を負ってると感じている。でも、本当は私は誰の責任も負う必要がなく、いろいろな状況がある中で誰かを悲しませたり楽しませたりする責任など全然負っていない、また誰かの人生を暖かく無害に過ごさせなければならないという責任もない、でも「私がなんとかしなくてはならない」という男気がありながらも、

 

その1人で高めた責任感に対して1人とりっぱぐれ感を持つこともあり、例えば、こんなに責任感を持ってるのに(男気として)しかも女性的で母性でなんでも包み込む上に、フェロモンで性まで提供することを我慢してまでやらにゃならんのか?あぁ?と1人絶賛やさぐれているという側面もあるのかな、と思う。

 

今年になって知り合ったある男性の話もしたんだけれども、

 

別に単なる知り合いで特別な関係じゃないわよ。でもこの男性とても不思議な方で、

 

すごい柔和で顔も可愛い。優しく真摯で、エゴっけもない。そして色んな状況で強く前に出るわけでもなく、かと言って引くわけでもない。でも男気の私としては「そこでもうちょっと主張しろよ」とか、「なぜそこでうやむやにする」みたいなところで少し引っかかるところもあるんだけれども、なんかまるーく納めるバランスが整っていて、最後に照れくさそうに(^^)と微笑まれるともうなんかまぁいいや、ありがとー!とか言いたくなるようなそんな人で。

 

その人の話をミッチーにしたら、

 

だからその人は夏子さんの対象として現れたのだと思うよ。その人は女性性をガッツリ持っていて、でも男性性としては多分二合目ぐらいにいる。彼も男性性を発揮する課題があるのだろうけれども、でもその彼へのお前ちょっとそれはどうよ?っていう意見は、夏子さんが女性性の二合目を登ろうとしている姿とリンクしてる。。みたいなことだったわ。

 

そうか、と思って、仮にこの男性が女性だったらどう思うかな、って思ったら、

 

ひゃだ。すっげーいい女

 

とか思って。なんでも受容してくれるのよ。優しく。そして色んな形に自分の姿を変えて相手と調和する。

責任を取らなければいけないという逼迫した圧を感じない。流れている。いつでも最後はテレたような可愛い微笑みで返してくれる。

でもそれが男として。。となるとやや弱さにもなる。

 

みっちーは、

 

女性は無責任な性なんですよ。無責任というと聞こえが悪いけれども、何かを抱えて責任を抱えて1つ確固たるものを貫くという性ではない。流れて行く。でも女性性だけで自分を無力化してしまうとお母さん達の世代のようなことにもなる。根っこがガッツリ張っていて良い。揺るがない基盤を男性性を使って持っていてもいい。でも何かが向かってきたらスルリとかわす柔軟さ、そういうものを持ち合わせていると女として生きやすい。夏子さんは戦いに挑んでしまう。それは根っこのところで揺るがない私は私、で持っていいものだけれども、表に出さなくていい。戦わなくていい。

 

女性性開花が頂点だとして、私はデフォルトで二合目あたりをウロウロしているのだろうと思う。でもだから悪いわけではなく、そういう比重を単に持って生まれているだけで、

 

知り合いの男性の彼が女性性では頂点だけれども男性性では二合目のように、表向き男・女となってるけれども中身はいろいろで、むしろ表面的な性とは真逆の性質が強い人の方が多い。

 

男に対する恨みがあり、そこで経験してきたうじゃうじゃと自分を取り巻く感情の層があって、それを垣間見るのはとてもつらいことでもあるけれども、でもそれで男性だって自分の男性性を高めるために人生の経験を積んでいるということを理解してあげられることで、自分自身の女性性への理解も深まる。

 

なるほどね、と思ったわ。

 

どうりで私の周りには女性性が高い男しかいないのがよく分かった。いや、揶揄してるわけじゃなくて、見せられてるわけよね、自分自身を。だからこそそういう男性との摩擦もあり。理想と現実が違うと嘆くのも蓋を空けてみるとそりゃそうだ、となる。

 

そんな中で男に負けじと頑張ったし、かと言って無力な女にもなるもんかと頑張った自分の今までの頑張りを、私自身で理解してやらないといけない。

 

私は男勝りな自分にナイフを刺し、女なんて無力と自分にまたナイフを刺し、何が起こっても自分の責任であるとまたナイフを刺し、そしてたまに「もう責任なんか知るかよ!」と投げてみるとその罪悪感から「母親のくせに」的な発言をリターンでまた浴びてまた自分にナイフを刺す、というもう考えただけで無限ループの世界にいたのかもしれません。

 

とにかく自分に正直になること。責任を取らなくていい、ということ。それは男のすることで今私がやるべきことではないこと。

自分勝手になれ、ということではなくてうまく言えないけれども1人で勝手に女性ながらにして「父の背中」みたいなものを見せようとしてる自分に気づくこと、みたいな事かしらね。

 

もう一つ面白かったのが、

 

うちの息子が結構女子にからかわれたり、絡まれたりする質で。いじめとまでは言わないけれども。

学校の先生曰く、絡んでくる女子は明らかにうちの息子が好きというかわかってもらえると思ってカマかけてるらしいのだけれども、あまりにもひどいので本人も嫌がってるので先生に相談したりもしてたんだけど、

 

なんでそんな女の子を引き寄せちゃうのかな、ってみっちーに聞いたら、

 

そういう女の子を受け入れてやらないといけない、つまり、男性性を表面的に出すお母さんを受け入れてやらないといけないと思ってるんだと思うよ。

 

と言われてすごい納得しました。

 

息子スマヌ。嫌なら受け入れんでいいよ。ブロックしなさい。

 

で、そしたらそんな風にしょっちゅう絡まれてた息子が最近キレて反撃したらしく、そのこともミッチーに言うと、

 

窮鼠猫を噛むって言うでしょ。男ってのは最後の最後にほんとにキレたら猛烈に反撃するんだよ。と言っておられました。

 

そうかも。弱い男子をいじめた経験は私もあるんだけれども、最後にすごいゲソパン食らった思い出がある。ほんとに悪いことしたなぁと思う。でもその時は息子に絡む女の子と同じく、この男子にならなにやっても許してもらえる、むしろ私のこと好きなんじゃね?ぐらいに思ってたんだよね。なんつーハードな勘違い。

 

子育ての怖さってこういうことで、こんな風に全く同じようなシーンで再び蘇る。そして学ぶ。

 

最終的には女性性で何合目にいようといまいと私は私のままで良い、とズバンと腹の中で思えるかどうか。

まずは自分とのパートナーシップが確立出来ているかどうか。

どんな状態の自分でもその自分が素晴らしいと思えるかどうか。

 

そうなった時に「そんな君がいいね!」と言ってくれる人が男女問わずわらわらと現れだす。もしくはその辺にいつもいた事に気づく。自分自身を否定していると、そのまんま周りから否定される。

 

全部関係がある。全く晴天の霹靂のように降り注ぐ何か、はない。全部自分の内側が反映していることしか起こらない。。とみっちーもおっしゃっていたわ。

 

にわかに信じがたいと想う時もあるけれども、今のところ私はそのセオリーの通りであることしか経験してないわ。

 

ざっくりとした内容だけれども、またみちよ姐さんに救われたわ。Great healerだわ。

 

 

寒いわね。。。ねるわ。。

 

ではね!

 

 

夏子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィルターの外。さて、どうしようか。

  • 2017.10.03 Tuesday
  • 23:32

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

こんばんは、夏子です。

 

ま、あの基本的に私もこんな商売やってるのでややサイキック気味なので、

 

波動というか感じるエネルギーでビジョンとして人が考えてることは視ようと思えばちょっと視えちゃうかも。って言うのを前提に、

 

必死こいて取り繕っている人と対峙している昨今です。

 

優しい嘘なら構わない♫と久保田利伸が歌っていましたが、

 

確かにその場合もあると思う。特に大人になるとどうしてもね。嘘つき続けたほうが優しいこともある。

 

でも大体バレます。自分の嘘も含めて。

 

ま、そんな意味深な前置きはさておき、(すみません、なんのお話?よね。)

 

感情的にアップダウンが激しいウィークで、今日の午後ぐらいまで非常に落ち込んでいたのですが、急に持ち直してきました。

 

結局自分に対する怒りを誰かに八つ当たりして投影しているだけなのだな、っていうのがすごく分かった事例があって。

 

ちょっと引いて見ると、その人と私のこの怒りって全然関係ないのよ。わかるようなわからん話で申し訳ないけれども。

 

でもその怒りを晴らす為にうってつけ!ってぐらい私の「こんな怒りがあるんだ!わかれーーー!!!」って言うのを抑えまくりなことをしてくれる雰囲気を持ち合わせているというか。

 

その人がいるから私がこうなるんだ!っていう言い訳にもうってつけ。

 

そんで、

 

相手の怒りポイントをほじくり返すようなことを私もさんざっぱらやってることにも気づく。こちらが怒りでめくりめくってる時はだってしょうがないじゃん、悪いのは相手だし!ってなってるんだけれど、それを理由に自分のやってたことってのも相当非情だったと思う。

 

引き合う、というのはこういうことかと思います。ガッツリ凸凹が100%照合!ぐらいいいペアリングだったのねーと感じる。

 

でもその絶妙なペアリング具合に気づいて見たら、

 

結局この怒りは相手によって沸き起こっていかにも相手が悪いように感じているけれども、完全に自分の中から沸き起こっているだけのもので、私がどうしようが何しようが、相手の影響って言うのは「実は」ないんだと思う。

 

それは親からの影響もしかりで、実は彼等の言葉や育て方と今とこれからの自分の人生の可能性はまるで関係ない。全然自分でカスタマイズしていいもののはずなのだけれども、

 

「呪縛」っていうのかしら。そういうのから「絶対私は抜け出せない」と自分で自分に呪文をかけている状態なのね。

 

なので誰かとの人間関係があるとして、その関係の不具合に懲りた時に、

 

無理に三行半を突きつけることをしたり絶交を言い渡したりしないと次に進めない、この縁を切らないと先はない、とどうしても思ってしまうのだけれども、

 

あんま関係ないのかな、と思う。別にそばに居ても居なくても自分の波動チェンジをしたらその関係を続ける続けないに悩むまえに絡むこともなくなるのだろうな、と思います。

暴力とかは別よ?フィジカルに何かされてたら一目散に逃げないとダメよ。言ってるのは曖昧な陰な感じの取引がある場合ね。

 

感情の部分ではまだうずうずと感情が舞い戻って、ちくしょーーーくそーーーー!と思うことがあるんですけれども、

 

1つ謎が解けて気づいて意識してみたらすーっと気持ちが楽になりました。なんとかしないといけない!と思ってたから。

多分何とかしようとしなくてもどうにかなるんだろう、というかなるようにしかならないのだろうと。

 

アンビギュアス(曖昧)な内容でごめんなさいね。ただ自分への覚書みたいな内容になってしまったわ。

 

世の男に対する恨みつらみを吐き出したらすごい色んなシンクロが起ったわ。

 

そうそう、こういうのが一番腹立つのよ!っていうサンプルがわんさか目の前にあらわれてくださり。

 

ほら、こういうのがあるからいつも腹たったよね。でもぐっと我慢して自分を責めたよね。でもそんなに傷ついてまで自分を受け入れてしていた自分もいるよね、みたいなものを再確認させてくれることとか。

 

飯島直子をテレビで見たり。いや、飯島さんご自身はすごく良い方だと思うんだけれども、80年代〜90年代のときの彼女のマスメディアでの扱われ方、見せ方がすごく個人的にイラッとしたのを覚えている。

 

そう、「癒やし」。弱い男共がマドンナを求める癒やし。癒やすほどのスキルも度量も根性もないくせに癒やされたいよねーというその癒やし、というキーワード。とっとと母ちゃんのお膝に帰れ、バカが、みたいな。

 

もちろん女性も同じなんですよ。イケメン萌えるよねーとか。私もよく言ってますけれども。だから同じなんだけれどもムカつくものはムカつくんですよ。

 

男女両者ともに、如何に相手がその性の特徴のポジティブな面(女性だったら包み込む優しさとか男性だったらたくましさとか)を全うしていないかについて相手を揶揄してあいつサイテーだよねーとかあんなの女じゃないよねーといいつつ、自分も自分の性のポジティブネスも謳歌するどころかやさぐれて放棄して拗ねて、自分のことを省みないで相手の不備具合を野次る。でもなぜ野次るか、といえばそれは自分自身も自分の女性性や男性性に自信がなく、相手が施しをくれるかくれないかで自分が男として、または女としてイケてるかどうかをジャッジしてるから、必然的に相手もジャッジする、というまた絶賛自分リターンという結論です。

 

不毛よ。ふもー。

 

ほんとね、私知らなかったけれどもこのオトコへの恨みエリアすごいしつこいびっしり根が生えたように病気です。こんなに自分が病んでるとは思わなかった。

 

そしてそんな彼等に女として認められたいと思っている自分の惨めさ、みたいなものをすごい感じていたんだなっていうのがもうhonto痛感していてもたってもいられないです。

 

誰も悪くないです。誰かを対象にしているわけではない。〇〇という誰かを個人的に今でも恨んでいるというわけでもない。

私という人間が色んな理由で作ってしまったフィルターがあり、その中で生きてきたということ。それの再確認を自分でしている。

 

そして今になってフィルターを剥ごうとしてちょっと向こう側が見えた時の動揺がすごい、ということなんだと思うけれども、

 

このフィルターが外れた後に私は本当は何を望むのか、どうしたいのか。

今はわからないけれども、多分色んな側面でこの一件は絡んでいるので大きく変化するんじゃないか、と怖くもあり期待もあり、です。

 

ま、そんな秋の夜長です。今週はいろいろ目白押しですので体力付けて頑張ります。

 

ではね!

 

夏子

 

 

女であることの怒り3。

  • 2017.09.28 Thursday
  • 00:10

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

こんばんは、夏子です。

 

ま、そんなんで1人フィーバー気味にキレまくってしまいましたが、ま、そんな怒りもあるってことなのね、ってのがわかったわ。

 

キレてる最中はわからないんだけれども、ふと我に返って自分からでてきたものを読み返すと、small worldな主観なわけよ。

 

男性社会とか自己卑下から見た世界って言うのは圧倒的にそれは私の見る世界なのだけれども、

 

そんなことばっかりじゃないってのが本当の世の中なのよね。

 

だからこそいやいやそんなことないよね、私だっていろいろ頑張ってきたし、わかってくれる人もいるじゃん、とか自分の怒りを平にするような思考でその怒りを押し込めると言うかフラットにするようなことを表面的にはやってもいるし、

 

キレてみたものの、暖かい何かに触れたり、そんなに文句ばっかり言ってたけど結構良い人じゃないか、とかふわっと解放される瞬間なども織り交ぜながら、反省したり、驚いたり、やっぱりムカついたりして日々を過ごしているけど

 

でも何か自分の思い込みに触れるような出来事が発生するとざーーーーっと思考が「あの日あの時」に持って行かれて、ほらやっぱり、絶対そうなると思いましたわ?絵に描いたような展開になったわ?とまた私の世界は小さくなる。

 

怒りの根を断つことをするのではなくて、

 

そういう怒り=悲しみがあるんだなって言うことに気づくと、

 

その後は意識して生きることが出来るじゃない?ムカつかなくなるわけでもないし、嫌な思いをしなくなるわけでもない、

でも私は今目の前の現象以外にも2割増しぐらいで盛ってるな、って言うのがわかるだけでちょっと安堵が広がる。

 

今日もまた学校の話しでクレイジー校長の思う「男女平等」の世界の話を聞いて、け!と思ってたんだけれども、

 

やっぱあの年まで先生をやり続けて校長までなった女性であるからには男社会と戦って来た人なのだと思う。いろんな苦渋を経験しつつ今があり、男と女をミックスしてどちらにも過不足なく平均したものを与えるべきじゃないか!という彼女の思いはどこかわかる。

 

でも互いの本来持っている性の特徴を無視して単におんなじことさせれば平等だ、というのはおかしいって言うか古いと思う。

 

なので私の中には傲慢な男にも、傲慢な男に従ってる女にも、かと言って傲慢な男に対して平等を男的なアプローチで訴える女性にも反発があるのだろうとは思う。

 

それはそのまんま私の中のパラドックスであって、要するに私自身じゃぁどうしたいのよ?と聞かれた時に、

 

私らしくいたいけれども、自分の中の女性性も男性性も拒絶してるっていうのかしら、どちらもおおっぴらに表に出したらあかんのじゃ!みたいな遠慮というか恐れがあるのだろうと思うわ。

 

これではうまく行かないわよね。それは男女関係のみならず、仕事もそうだし、家庭での自分の姿も全て重なるわ。

 

思う存分女性性を謳歌しつつ、建設的に自分のライフを作っていくときには男性性を使えばいい。そうやってうまく適材適所的に私の中の「性」に対する本音、というか持ってるものを表現していければ、とても楽だと思う。

 

仕事が欲しい、

彼氏が欲しい、

結婚したい、

お金欲しい、

 

いろんな思いを誰しもが持っていて、それを強く強く願っているのに手に入らない時、

 

自分は悪運しか持ってないのかとか、周りが悪さして私に嫌がらせをしているとか、世の中が悪いとかいろいろ考えちゃうじゃない?

 

だったら何かパワーのあるものを持ってそれに願ってみたり、こうすれば良いというハウツーを探して一生懸命勉強したりお金出してセミナー行ってみたりとか私もさんざっぱらやったけれども、そのまま「叶いました!」的なことはおしなべてないわね。

 

潜在意識が全て今目の前の現象を作り上げている、という話を聞いても、えーそんなこと思ってねーわって!と思うけれども、

 

例えば私のような男に対する恨みとその男に女性として認められたいみたいな怒りを内包している人の前にいままで自分が心底惚れ惚れしちゃうような、爽やかで優しいグッドルッキング・ガイが目の前に現れたのか?と言えば、

 

ま、現れないよね。だって拒否してるからね、男を。潜在的に。

 

そして私が描く男とはこういうもの、という歪んだ主観とは全く桁外れにに外れたフラットな人だっているのだろうけれども、潜在的に疑ってかかってるから、例えそのような人に出会っても「いやいや騙されませんから」とか言って勝手に品評会して、ちょっとでも何か気に触ることがあったらダメ男だと認定していたのだろうと思う。

 

私にはもちろん夫がいるので彼を陰にディスってるような雰囲気になってきたけれども、ま、そこはそうではなく、

 

そんな私の怒りのサンドバッグのような役割を負わせ、それでも私を見切らない夫にはほんと感謝しないとならないと思うし、

そんな私と引き合ってる彼も私の姿から透ける何らかの女性への怒りだとかそういうものを感じながら、

 

あーだこーだと言葉にしなくてもお互いを見て怒ったりシンパシーを感じたりしながら、相手を見ているようで自分を見つめ合っているのだろうと思う。そういう意味ではほんとにソウルメイトなんだろうね。

 

複雑なんだよね。

 

お金が欲しいから自分の設定を書き換えて、さぁもうお金を持っていても怖くない自分になったし、心の底からお金と言うエネルギーを受け入れる準備が出来たぞ!と思ってもさ、

 

そんな単純なことではない。でもだからと言って難しく考えると更に思考だけになって執着にしかならないので、

 

お金あったらいいなー♫という軽い波動でいる、って言うのはほんとに理にかなっていると思うよ。

 

何にせよ、

 

受け入れる状態が整っていないとそれは手に入らないんだと思う。

 

仕事にせよ恋愛にせよお金にせよ、よ。耕されてない畑に野菜育たないみたいに。

 

じゃぁ受け入れる状態になれるように心身ともに禊いで、私の悲しみの根源を塗りつぶさないと!とかなっちゃうのよね、変にスピにはまってると。でもそれで本買ったりセミナー行ったりするのも情報源の1つではあるけれどもどんどん思考で片付けようとしてしまって気分的には変わらなかったりもする。

 

実は今回ふみきゃが王さんのリンクを送ってくれる前に私はちょっとやってたことがあって、

 

いろいろと昨今何がそんなにスッキリしないのか、私のこのわだかまりの大元は何なんだろうか、とか悶々考えていたんだけれども出口がなく、

 

いろいろとアファメーションとかもしていたのよ。〇〇をしたい、それが出来る自分になります!とかって。

 

でも別になんも起ってなかったのね。だから神も仏もやっぱねーなーとかヒーラーとしてあるまじき言葉とかなんかも出てたんだけれども、

 

あまりにもわかんなかったので、

 

「何か気づかないとならないことがあるのなら情報送って!」って願っていたのね。

 

そしたらそんなリンクが届いたり。今にして思うと面白い。

 

宇宙(自分)ってのはなんでも叶えてくれるというか必ずメッセージを聞いてくるとは思うの。

 

でもすごく明確に祈らないとならない。表層的にこれが俺の願いだ!と言っても潜在意識的にはそう思ってない、ということしか上の方ではわからないから、むしろ例えば「多くの人に愛されたい!」が願望だけれでも「人が怖い」と深いところで思っているのならば、あぁ、人が怖いのね、じゃぁなるべく近寄らせないでおくね!ってそっちの方を聞いてくれちゃうわけね。

 

でも自分の潜在意識で何を感じちゃってるかなんてもはや自分でわかんないじゃん?

 

だから、自分を深く知ることは怖いけれどもこの状況はもう懲りてきたので、

 

私が今もう不要となっている思いがあるならそれに気づかせてください

 

って願ったら多分いろんなことがシンクロで起こって来て、知らせてくると思うわ。

 

それを願える段階に来ているってことは自分と向き合う準備が自分の中で出来ているということだからバンバン情報入ってくると思うよ。

 

ダラダラとまた熱く嫌な感じで書き綴ってきてしまったけれども、

 

スッキリしたわ。なんだそんなこと思ったんだ私ってのがわかって。

 

でもこれからは自分が周りに女らしく見られようとも男っぽく見られようとも、

 

女らしくない、とか女のくせに、という揶揄が来たとしても、別にま、いっかと思うわ。

 

私がそうであったようにその人もそういうフィルターで世の中を見てジャッジしてるのであって、

 

その気持はわかるけれども、ちょっとそんな感じで面倒な人には私自身関わりたくないのでいっか、みたいな心境です。

 

そして本当の意味で、女神のような人間になりたいなぁと思う今日このごろです。

 

いろんな思いが出て疲れたわ。。雨だし寝るわ。

 

 

ではね!!!

 

 

夏子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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